さらなる追い打ち
単発のバイトで稼げる収入では、いくら休みなく働いても年収240万円ほどにしかなりません。すぐに健康保険の保険料や住民税、住宅ローンの支払いに悩まされることに……。フルタイムで雇ってくれるところもなく、単発のバイトを組み合わせながら生活していましたが、休めば収入が減ってしまうため体調不良でも無理して出勤する過酷な毎日。
ある日、バイトでへとへととなっていた帰路の途中。妻から「帰ったら、大事な話があります」とLINEがありました。嫌な予感がしましたが、なんとか家に着きました。扉を開けると妻が居間の椅子に神妙な面持ちで腰かけていました。稲田さんが向かいに座ると、妻は口を開きます。
「離婚しましょう。お互い高卒というわりにはいい暮らしをさせてもらったことに感謝しています。でも、子供たちも自立してくれたし、もういまの状態のようなあなたと一緒にいる理由はないの。ここの支払い(住宅ローン)、きっちり頼みますね」
妻はサラリーマンとして最後に惨めな思いをした夫を情けなく思ってしまったようです。いろいろと話し合いましたが、結局離婚することとなった稲田さん。人生の伴侶を失い、年金分割により削り取られた年金額(月12万円の受給)で今後も不安な老後を送ることになりました。
会社都合扱いの退職にできた可能性も
今回のケースは、会社の体質や社長の人事に問題があったことはいうまでもありません。本来でしたら賃金の低下が想定されるような人事異動に対しては拒否することができます。
また、この状況ですから最悪会社と交渉することで会社都合扱いの退職にできた可能性もありました。その場合であれば失業給付も7日の待期期間が終わってから早期に受け取ることができたので、少し余裕を持って次の職探しもできたことでしょう。
そして、「嫌でも我慢するのが仕事」という価値観が今回は裏目に出てしまったといえます。この会社のように中小企業では雇用に関する法令を軽視し違反している企業も多数あり、今回のような無茶な人事異動を命じる経営者も少なくはありません。
経営者からいわれると逆らえないという方も多いのですが、自分の生活を守るためにはやはり自分で自身の権利を主張する必要があります。流されて異動に応じてしまった稲田さんにも責任はあるといわざるを得ません。本記事で取り上げたような会社の横暴に対して、社会保険労務士や弁護士に相談し、専門家とともに戦うことも選択肢のひとつだったでしょう。
会社員は自営業者などと比較すると安定しているというイメージもありますが、組織に依存すれば稲田さんのようになってしまうリスクは避けられません。経営者に不要と判断されて本人の意思で辞めるように仕向けられることもあります。
不確実性の現代社会においては、今回のケースのように会社を離れなければならないときに、他社に行っても戦力になれたり、自分で事業を始めて収入を得ることができるような能力や人脈を形成したり、ひとつの会社に依存せず、いざとなればいつでも会社を辞めても問題ない状況をつくっておくことが本当の安定といえるでしょう。これは、若者に限らず稲田さんのような世代の人にもいえることです。
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