「海が見える場所で暮らしたい」
「最後は海の近くで暮らしたいね」
そう話していたのは、東京都内で長く暮らしてきたA彦さん(70歳)と妻のB江さん(69歳)です。A彦さんは会社員として定年まで勤め上げ、退職金は約2,000万円。年金は夫婦合計で月21万円でした。
都内の自宅マンションを売却し、地方の海辺の町に平屋住宅を購入。移住は長年の夢でした。
「朝起きて海が見える生活って憧れだったんです」
娘のC美さん(仮名・38歳)は当時を振り返ります。
「両親は本当に嬉しそうでした。第二の人生って感じで」
移住直後、夫婦の生活は穏やかでした。散歩コースは海岸線。地元の直売所で野菜を買い、夕方は縁側で海を眺める。都会では得られなかった静けさがありました。
生活費も抑えられました。住宅ローンはなく、固定資産税も都市部より低額。年金収入の範囲で暮らせていました。
「お金の心配もなくて、理想の老後でした」
A彦さんはそう語っていました。
移住から半年後、C美さんが訪ねると、違和感があったといいます。庭の草が伸びたまま。家の中も以前より雑然としていました。
「お父さん、最近散歩行ってるの?」
そう聞くと、A彦さんは笑って答えました。
「ちょっと足が痛くてね」
実際には外出頻度が減っていました。坂道の多い立地で、買い物や通院には車が必要でした。
B江さんも言います。
「スーパーが遠いのよ。車で20分くらい」
移住前は徒歩圏に店や病院がありました。地方では距離感が大きく変わっていたのです。
その後、A彦さんは膝の痛みで整形外科に通うようになります。しかし最寄りの総合病院は車で40分。公共交通は1日数本のバスのみでした。
「通院が負担でね」
受診間隔が空きがちになりました。
国土交通省の同調査でも、高齢期の住み替えで課題として多く挙げられるのが「医療・買い物の利便性」です。特に地方では自動車依存が高く、加齢とともに移動制約が大きくなります。
