「黙秘します」は得?それとも損?
ところで、取り調べで黙秘することは犯罪者、容疑者にとって得なのでしょうか、損なのでしょうか。警視庁のある刑事が「取り調べのコツ」を開陳してくれたことがあります。
彼はいわゆる強行犯(殺人、強盗、誘拐、放火などの凶悪事件)を担当する刑事でした。殺人の最高刑は死刑ですから、容疑者も必死なんだそうです。
「警察がどれくらいの証拠をつかんでいるのか、向こうは”値踏み”しているんだな。こちらの手の内を明かすタイミングが悪いと、『よし、警察はこの程度しかわかっていない』と元気になって、否認されちゃうんだよ」。
私の知人の話ですが、失業期間中にアルバイトをしたのがなぜか露見してしまい、公共職業安定所に呼ばれたときの話です。
職安の担当者に「給与の振り込みに使う銀行口座の明細を提出してください」と求められましたが、その際ぽろっと「まあ、提出することを強制はできないんですけどね」と口を滑らせてしまったために、この知人は否認を貫き通せたそうです。
このケースは犯罪でも黙秘でもありませんが、調べられる側というものは“逃げる糸口”を決して見逃さないものなのです。黙秘が被告人に有利に働いた事件といえば、代表的なのは1984年に札幌市で起きた事件ではないでしょうか。
雪の日に資産家の次男の男児(9)が、自宅にかかってきた電話を取ったあと「ワタナべさんの家に行く」と言って行方不明になった事件です。嫌な予感がした男児の母は、男児の兄にあとをつけるよう言ったのですが、兄はアパートの近くで弟を見失ってしまいます。
地元の警察は身代金目的誘拐の可能性も視野に捜査しましたが、男児の行方は杳としてわかりませんでした。
ところが2年以上経って動きが起きます。北海道新十津川町にある飲食店従業員の女性(31)の自宅が焼け、夫が亡くなりました。その際に物置から人骨が発見され、それが札幌で行方不明となった男児のものだったのです。
女性は事件発生当時、男児が姿を消したアパートに住んでいました。北海道警は1998年、公訴時効ぎりぎりのタイミングで女性を逮捕します。実は、女性は事件当初から容疑者として浮上していました。
しかしすでに死体遺棄罪や死体損壊罪は時効が成立していました。札幌地検は殺人罪で起訴しましたが、捜査でも公判でも女性は容疑事実を否認、それどころか裁判では検察官の一切の質問に黙秘で通し、結果、1審の札幌地裁、2審の札幌高裁とも無罪判決が言い渡され、女性は晴れて自由の身となったのです。
もしこの女性が犯人なのであったら黙秘権が功を奏したことになります。事件発生直後に女性のアパートに警察が踏み込んでいれば、事件は早期解決したかもしれません。
三枝 玄太郎
※本記事は『三度のメシより事件が好きな元新聞記者が教える 事件報道の裏側』(東洋経済新報社)の一部を抜粋し、THE GOLD ONLINE編集部が本文を一部改変しております。
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