※写真はイメージです。本文、書籍とは関係ありません。

今回は、「耐震診断」の実施を躊躇する管理組合が多い理由について説明します。※本連載では、飯田太郎氏、保坂義仁氏、大沼健太郎氏の共著、『人口減少時代のマンションと生きる』(鹿島出版会)の中から一部を抜粋し、老朽化した第一世代のマンションの「終活」と「再生」の具体的な進め方について解説します。

市場の評価に影響する「耐震性が劣る」というレッテル

マンションの耐震性能に不安を感じ、耐震診断を行う必要があると思っていても、実際に診断を受けることを躊躇する区分所有者も多い。

 

これは、不動産業者が1981年5月31日以前に建設された旧耐震マンションの売買や賃貸を仲介するときは、指定検査機関による耐震診断の有無を調べ、「有」の場合は診断結果を重要事項説明書に明記するとの宅地建物取引業法上の規定があることによる。つまり耐震診断を実施したことで、耐震性が劣っていることが判明した場合は、それを買い手や借り手に伝えなければならない。現在のところ「耐震診断を受けていない」ことは市場の評価にあまり影響をしないが、「耐震性が劣る」というレッテルを貼られた場合には、売買価格や家賃に大きな影響が出ることを恐れているからである。

 

耐震診断の実施は管理組合総会の普通決議で決めることができるが、資産価値に直接影響することだけに合意形成が得られないことが多い。癌が発見されることを恐れて健康診断を受けたくない人がいるのと同じである。

 

2013年の耐震改修促進法の改正によって、耐震診断や耐震改修により現在の耐震基準と同等の耐震性をもつと確認された建物について、所管行政庁が、建築物の地震に対する安全性を認定する制度が創設された。認定を受けた建物(基準適合認定建築物)は「基準適合認定建築物」のマークを掲示したり、広告などにその旨を記載することができる【図表】

 

【図表  基準適合認定建築物が掲示できる「基準適合認定建築物」のマーク】

 

耐震改修の資金的なゆとりがある管理組合は少ない

耐震改修やその前提となる耐震診断について、多くの管理組合で検討さえ行われない最大の要因は、区分所有者が耐震改修に必要な資金を負担する用意ができていないことである。十数年ごとに一回行う外壁補修や屋上防水といった計画修繕(大規模修繕工事)では、一回に一戸当たりおおよそ100万円程度の負担が必要になるが、この工事を実施するために管理組合は長期修繕計画を作成し、区分所有者から毎月1万円程度の修繕積立金を徴収する仕組みもほとんどのマンションで定着している。工事も管理組合や管理会社の通常の業務として順調に行われるようになっている。管理組合での議論も工事の実施自体についてというよりも、工事費の妥当性や工事業者の選定に関係することが多い。

 

しかし、現在、管理組合が作成している長期修繕計画と、それをもとにした修繕積立金は、経年劣化した外壁、屋上などを当初に近い状態に戻す(原状回復)ためのもので、改修をすることで長寿命化することまでは想定していないことが多い。

 

特に耐震診断や改修については、その必要性が認識されるようになったのが最近のことでもあり、国土交通省が作成した長期修繕計画のガイドラインにも明示されていない。

 

耐震改修には一戸当たり500万円前後が必要になることもあるが、それをまかなうだけの資金的なゆとりがある管理組合は少ない。耐震改修を行うためには区分所有者から一時金を徴収することになる。建て替えに比べて金額は少ないが、区分所有者が足並みをそろえて負担をすることは難しい。

耐震改修促進法の改正」で耐震改修工事は進む!?

このほか、耐震改修への合意形成が難しい理由として、耐震補強をする箇所がマンションの一部に限られることがある。特定の住戸の窓に補強材が設けられたり、住戸の中に新たに壁や柱ができるなど、使い勝手が悪くなることがある。一部の住戸に影響が出る場合は、その住戸の区分所有者の承諾が必要になるが、この承諾を得ることも容易なことではない。

 

こうした要因が重なることで、大地震が確実に起きることが明らかならばともかく、首都直下地震や南海トラフ巨大地震が30年間に70%の確率で発生すると言われても、多額な負担をする耐震改修には賛成できないという区分所有者は多い。

 

管理組合の役員や管理会社の担当者の多くは、耐震診断、耐震改修について検討をしても意見がまとまる見込みがないため、無駄な議論を回避したいという気持ちになりやすく、耐震診断や耐震改修にはできるだけ触れないようになってしまう。

 

一向に進まない耐震改修のハードルを引き下げるため、「耐震改修促進法」も改正された。従来、耐震改修工事を行うためには共用部分の変更にあたるため管理組合総会で議決権数と区分所有者数の各四分の三以上の賛成が必要だったが、2013年の同法改正により耐震改修の必要性が認定されたマンションは、共用部分の形状または効用の著しい変更をともなう場合でも、出席者の過半数が賛成すれば可決される普通決議で実施できることになった。

 

耐震改修工事は費用がかかることにくわえて、前述のように柱や壁を補強する部分にあたる特定の住戸が影響を受けるといったことが合意形成を難しくしているが、この要件緩和により実施が容易になったことは間違いない。

 

2014年12月に東京都が「東京の防災プラン」を公表したが、このなかで旧耐震マンションの耐震改修と建て替えを防災上の重要課題として位置付けている。2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催を控えて、耐震改修促進法の改正と次回に紹介する一括売却制度の創設がいわばセットで実施されたことにより、デベロッパーなどの動きも活発になっている。第一世代のマンションの終活と再生にも新たな動きが出る可能性は高い。

本連載は、2015年8月20日刊行の書籍『人口減少時代のマンションと生きる』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

人口減少時代の マンションと生きる

人口減少時代の マンションと生きる

飯田 太郎 保坂 義仁 大沼 健太郎

鹿島出版会

10人に1人が暮らすマンションに、やがて迫り来る住民とマンションの「2つの老い」。 管理会社任せにせず自分たちで考える、維持管理から資産管理、コミュニティ、そして「終活」まで。マンションとの生き方を真摯に考える一冊…

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