マンションのスケールメリットが発揮される一括売却
第一世代のマンションの多くは、修繕・改修による長寿命化もできず、建て替えも行うことができないまま、とりあえず傷みがひどいところだけを補修して、問題を先送りしながら生活を続けているのが現状である。
2014年12月、創設された一括売却制度が従来の選択肢である改修や建て替えと違うところは、区分所有者は資金を負担するのではなく、売却収入を持ち分に応じて分配されることである。第一世代のマンションの終活と再生が進まない最大の要因は、建て替えや改修のための資金を区分所有者が、同時期に負担することができないことである。資金を出す(負担する)のと売却代金が手に入るのでは心理的な影響も大きく違う。
しかも、一括売却はマンションの最大の特徴であるスケールメリットが発揮されることにくわえて、容積率の割り増しも利用できるから、個々の区分所有者が自分の住戸を売却するときに比べて、高い値段で売れる可能性が大きい。また、売却先のデベロッパーなどが作成した買い受け計画を知事が認定する制度が組み込まれていることもあり、区分所有者の間や事業者関係者への不信感が生まれにくい。一括売却制度は、適切に運用すれば、出口が見えない閉塞状態を打開する有力な手段となる可能性がある。
もちろん、一括売却という選択をしたところで、合意形成が簡単に進まないこともある。ローン残高がある区分所有者の場合は、分配金が手元に残らないことや、負債だけが残るといった問題がある。代替の賃貸住宅を斡旋されるとしても生活が激変する売却に応じられないということになるだろう。
それでも一括売却という選択肢が増えることにより、行き止まり状態にある終活と再生策の検討に弾みがつくことは期待できる。建て替えやリノベーション(改修)は区分所有者に「運命共同体」としての選択を強いることになるから、議論が閉塞感に陥りやすい。いざというときは、スケールメリットを享受しながら「区分所有関係を終了させる」道があるということで、区分所有者は一種の安心感をもって終活と再生についての検討ができることになる。
区分所有者が多額の事業資金を用意できればいいが…
マンションの草創期に供給され、永住を想定していなかった第一世代のマンションは、耐震性強化という社会的要請と、建物と区分所有者の二つの老いの進行という追い込まれた状況のなかで終活と再生に取り組まざるをえなくなっている。しかも第一世代のマンションがスラム化を回避することができるかどうかは、マンションという社会システムのあり方、さらには日本社会の未来にもつながっている。
この重い課題を、区分所有者と管理組合の自治による問題解決の努力だけに委ねることが妥当かどうかは、当事者だけの問題ではない。社会的にも広く検討する必要がある。
建て替えについては、既述のとおり区分所有者が多額の事業資金を同時に用意することは期待しにくい。くわえて、建て替え事業の煩雑さもある。建て替えは、管理組合総会で議決権数と区分所有者数の各五分の四以上の賛成による建て替え決議をするまでが大仕事だと思われがちだが、実際にはこうした決議は事業の始まりに過ぎない。
その後も工事が完了したマンションに再入居するまでに、建て替え決議に賛成しない区分所有者に対する売り渡し請求、建て替え後の住戸の区割り、権利変換などの面倒な手順を踏まなければならない。余剰容積がない自己資金による建て替えでは、コンサルタントを利用する資金の余裕がないから、これらの手続きについての負担の多くは、区分所有者の肩にのしかかってくる。
これまで事業が実施された、容積率などの条件が恵まれたマンションの場合でも、建て替えの検討を始めてから新しい建物が完成するまでに10年程度の期間を要している。高齢者も多い第一世代のマンションの区分所有者に、こうした心身の負担を強いることは妥当とはいえない。
また、耐震改修についても、少なくとも築35年を超えているため、耐震性不足を解決しても、建物・設備の老朽化や陳腐化が著しいものが多い第一世代のマンションでは、投資額を超えるまで市場価値を向上させることは容易なことではない。
もちろん建て替えや改修による再生は、十分な準備期間があるなかで区分所有者が無理なく合意形成ができれば、実施するに越したことはないが、第一世代のマンションの区分所有者にとっては重い課題であることは、これらによる再生がほとんど進んでいないことをみても明らかである。一括売却制度はマンションの長寿命化やコミュニティの持続という視点から見れば問題はあるが、出口が見えない閉塞状態にある旧耐震マンションの再生を促進し、都市の防災力向上、土地の有効利用という点から見れば合理的な制度であり、この活用を軸に終活と再生を考えることが現実的である。