労働力余りの時代から「労働力希少」の時代へ
バブル崩壊後の長期低迷期、日本経済は失業問題に悩まされていました。失業対策として巨額の公共投資が行われたり、日銀が金融緩和を繰り返したりしましたが、なかなか景気は回復せず、失業問題が解決しないばかりか、賃金や物価まで下がり、「デフレ」に苦しんでいたのです。
しかし、アベノミクスで景気が回復すると、一転して労働力の需要が供給を上回るようになりました。景気の回復は小幅で緩やかなものでしたが、事態は一変したのです。それは、少子高齢化によって少しずつ労働力の供給超過が縮小していたときに、需要増加が起きたからです。
川の水が少しずつ減っていることに人々が気づいていなかったとき、小規模な渇水が起きて川底が顔を出したとします。それを見た人々は驚くでしょうが、水流が急に激減したわけではなく、顔を出した川底が、人々に水の減少を気づかせる契機となった、ということですね。
ちなみに、労働力の需要超過のことを労働力不足と呼ぶ人が多いのですが、筆者はできるだけ「労働力希少」という言葉を使うようにしています。不足というのは否定的な語感なので、肯定的な語感の「希少」を使いたいからです。
そもそも、労働力が不足しているという言葉自体、少し奇妙です。経済学によれば、需要と供給が一致する水準に価格が決まるわけで、価格さえ適正なら需要と供給は一致するはずなのです。つまり、労働力不足だと感じている人は、賃上げが足りないのです。
「ダイヤモンドを1円で買いたい」と大声で叫んでも売り手が見つからない場合、「ダイヤモンドが不足している」とはいいません。それと同じことでしょう。
労働力希少の先にある「賃金上昇」「企業ホワイト化」の世界
労働力希少は、企業の経営者にとっては困ることでしょうが、労働者にとっては望ましいことです。第一に、失業してもすぐに次の仕事が見つかります。失業者は、収入という面のみならず、「自分は社会に必要とされていないのではないか」といった気持ちの問題も含めて、可哀想な人ですから、そうした人が減るのは大いに望ましいことでしょう。
次に「ワーキング・プア」の所得が上がります。バブル崩壊後の就職氷河期に正社員になれず、アルバイトで生計を立てている、労働者の中の恵まれていない人の時給が上がるのです。労働力が希少となれば、労働力の価格に上昇圧力がかかりますが、賃上げしなくても辞めない正社員より賃上げしないとすぐ引き抜かれる非正規労働者の方が賃金上昇圧力は強いでしょう。
ブラック企業がホワイト化していくことも期待されます。失業者が多い時は「辞めたら失業者だよ」という脅しに屈していた人々が、次々とブラック企業を去っていくので、ホワイト化せざるを得ないのです。