ポイントとなる「特段の事情」の有無はどう判断すればよいのか
この点、裁判例では、遺産分割に基づく所有権移転登記の直前に、受益者(本事例でいう母)が、税理士から、特定の相続人(本事例でいう弟)に多額の負債があることを知らされて、遺産である不動産の名義を受益者に変えた方がよいとの助言を受けて遺産分割およびそれに基づく登記手続を行った事実を認定の上、当該事実から受益者の悪意を認めた事例があります(東京地判平18・11・30(平18(ワ)1944))。
そこで、受益者の立場からすれば、悪意とならないよう、特定の相続人の債務の有無等をわざわざ確認すべきでないとの見方もあり得るかもしれません。
もっとも、「受益者の悪意」が認められたとしても、相続人債権者からの強制執行等を回避するために、多額の債務を負う相続人への相続を避ける内容で遺産分割協議を成立させたというような事情ではなく、相続人の債務の有無とはかかわりなく、一定の理由から特定の人に承継させる内容の遺産分割協議を成立させたという場合は、遺産分割協議に仮託してなされた財産処分とは認められず、「特段の事情」の存在が否定されることになると考えられます。
(4) 本事例での対応
本事例のように、母が、①弟が無資力であることを認識し、なおかつ、②ことさら弟の債権者からの追及を免れる目的で遺産は全て自身に帰属させる内容の遺産分割協議を成立させたのであれば、本事例の遺産分割協議は詐害行為の対象になり得ます。
そこで、債権者から詐害行為取消請求訴訟を提起されるといった事態を避けるためには、そうした遺産分割協議の成立は避けて、以下「3. 相続放棄の申述を検討する」で詳述するとおり、弟の相続放棄を検討すべきです。
もっとも、本事例とは異なり、母の自宅不動産での居住を確保するために、相続人三人で協議して、遺産は全て母に帰属させる内容の遺産分割協議を成立させたというのであれば、社会通念上そのような協議はしばしば見られることから、上記「特段の事情」があるとはいえないこととなり、詐害行為取消権の行使が否定されると考えられます。