他の相続人の了解なく相続財産から支弁した葬儀費用の取扱い
父が亡くなり、長男の私が喪主となり、葬儀費用の1,500万円は父の預金から下ろして支出しました。香典は500万円ほどで喪主の私が預かっています。
相続人である弟たちは、葬儀費用の1,500万円は高額に過ぎるので認められないと言っています。また、弟たちは、葬儀費用として認められない部分は、私の先行取得だと言っています。
紛争の予防・回避と解決の道筋
◆葬儀費用の負担者については、①喪主負担とする見解、②葬儀会社等との間の契約当事者を葬儀費用の債務者とし、葬儀の契約当事者は、相続人に対し委任または事務管理に基づく代弁済請求として葬儀費用を請求することができる旨の見解がある
◆香典は、慣習上、香典返しに充てられる部分を控除した残余金が葬儀費用に充てられる
◆遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合には、共同相続人全員の同意により、処分された財産を遺産分割の対象とすることができる。ただし、処分者が相続人の場合には、処分した相続人の同意は不要である
チェックポイント
1. 葬儀費用の負担者が誰であるかを確認する
2. 香典の取得者が誰であるかを確認する
3. 遺産分割前に処分された財産の取扱いを検討する
解説
1.葬儀費用の負担者が誰であるかを確認する
(1)葬儀費用とは何か
葬儀費用とは、通夜・告別式、火葬等の過程で要する費用のことをいいます(片岡武・管野眞一編『家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務〔第4版〕』80頁(日本加除出版、2021)。以下「遺産分割の実務」といいます。)。
一般的に相続発生時には存在しませんので、相続債務ではありません。また、葬儀費用は「相続財産に関する費用」(民885①)ではありません(東京地判昭61・1・28判タ623・148)。死者を弔うための費用だからです。
なお、被相続人が生前に葬儀業者との間で葬儀に関する契約を締結していた場合には、相続人がかかる契約上の地位を承継します。
葬儀費用が生前に支払われていない場合には、共同相続人が相続債務として葬儀費用の支払義務を負います。相続開始時に金銭債務だと評価できる程度に葬儀費用が確定している場合には、共同相続人間の内部的な負担割合は法定相続分または指定相続分によります(最判昭34・6・19民集13・6・757)。
一方、生前は葬儀の規模や予算は決まっているが、詳細が決まっていないために葬儀費用の金額が確定しない場合には不可分債務だと評価される余地があります。
もっとも、その場合も、共同相続人間の内部的な負担割合は、原則は可分債務の場合と同様に、法定相続分または指定相続分になると解されます(令和3年法律24号による改正後の民898②)。
以下では、生前に被相続人が葬儀業者との間で契約を締結していない場合について検討します。
(2)葬儀費用の負担者
相続財産に関する費用ではないため、葬儀費用を誰が負担するかについては解釈に争いがあり、裁判例でも見解が分かれているところです。近時は喪主負担とする判断が多く見られます(東京地判昭61・1・28判タ623・148など)(以下「喪主負担説」といいます。)。
ここでいう「喪主」とは、形式的に喪主とされている者ではなく、自己の責任と計算において、葬式を準備し、手配等をして挙行した実質的な葬儀主宰者をいいます。
一方、近年の葬儀は、相続開始後に遺族が葬儀業者との間で葬儀に係る契約を締結した上で挙行されるのが一般的であることから、葬儀業者との間で契約当事者となった者を葬儀費用の債務者とし、この者からの相続人に対する求償の問題として考える旨の有力な見解が主張されています(潮見佳男『詳解相続法第2版』164頁(弘文堂、2022))(以下「契約当事者説」といいます。)。
(3)相続人による負担の有無・範囲
喪主負担説によると、原則は相続人が葬儀費用を負担しません。一方、契約当事者説によると、葬儀の契約当事者は、相続人に対し、委任または事務管理に基づく代弁済請求を理由として、葬儀費用の支払を求めることができます。
相続人が負担すべき範囲は、委任に基づく場合は委任事務を処理するのに必要と認められる費用(民650①②)、事務管理の場合には本人のために有益な費用(民702①②)です。
委任・事務管理いずれの場合であっても、被相続人(委任の場合:委任者、事務管理の場合:本人)の意思を基準として、葬儀費用の必要性・有益性が判断されます。
すなわち、契約当事者説においても、相続人は、被相続人の意思に沿わない葬儀費用を負担することはありません。
(4)共同相続人間で合意できない場合の対応
葬儀費用の負担について、共同相続人間の話合いで解決できない場合には、民事訴訟で解決することになります。葬儀の契約当事者が相続人に対し葬儀費用を請求する場合には、契約当事者説に従って、委任・事務管理に基づく代弁済請求をすることになります。
もっとも、裁判所が喪主負担説を採用した場合には、葬儀費用の必要性・有益性が認められた場合であっても、喪主ではない相続人が葬儀費用を負担することはありません。
なお、相続分や遺産分割方法を指定する遺言(民902・908)の解釈によって葬儀費用の負担について指示があったと認められる場合があるとの指摘もあります(遺言・相続実務問題研究会編『審判では解決しがたい遺産分割の付随問題への対応― 使途不明金・葬儀費用・祭祀承継・遺産収益分配等―』77頁〔川合清文〕(新日本法規出版、2017))。
(5)あてはめ
本事例では、被相続人による遺言はなく、長男の私が葬儀を挙行したようです。
葬儀費用については、長男の私が、被相続人である父の預金から1,500万円を下ろして支払っており、香典500万円も預かっていますので、実質的にも喪主だといえるでしょう。したがって、喪主負担説によると、葬儀費用の負担者は長男である私となります。
本事例では葬儀に係る契約の当事者は明記されていませんが、こうしたお金の流れを見ると、長男の私だと考えて差し支えないでしょう。
契約当事者説によれば、長男の私は、他の相続人である弟たちに葬儀費用の負担を求めることができます。
この場合、弟たちが負担すべき費用は、①被相続人の意思が明らかな場合には委任関係があると解されますので、被相続人から託された葬儀を挙行するのに必要と認められる費用、②被相続人の意思が不明な場合には事務管理になると考えられますので、被相続人にとって有益だと認められる費用となります。
葬儀費用の必要性・有益性が認められたとしても、私も相続人ですので、弟たちが負担する葬儀費用はその一部です。各共同相続人の負担割合は、相続分に従って判断されることになると思われます。
こうした二つの見解に基づく検討を踏まえて、まずは、私と弟たちの間での合意を目指すことになります。
合意できない場合には、長男の私は、委任または事務管理に基づく代弁済請求をすることになりますが、葬儀費用の負担者に関する確定的な見解はありませんので、自らが採用する契約当事者説が法的に正当であることを裁判所に認めてもらわなければなりません。