詐害行為性の「判断基準」と詐害行為取消権成立の「要件」
(2) 詐害行為性の判断基準
もっとも、上記判例は、詐害行為性の判断基準を明確にしていません。この点については、破産手続における否認権行使を排斥した裁判例ではありますが、遺産分割の形式ではあっても、民法906条に掲げる事情とは無関係に行われ、「当該遺産分割に仮託してされた財産処分であると認められる特段の事情があるとき」という判断基準を示しています(東京高判平27・11・9金判1482・22)。
すなわち、上記裁判例によれば、遺産分割自由の原則により、共同相続人間の自由意思に基づく合意であれば、法定相続分と異なる割合での分割も基本的には尊重されるべきとして、遺産に対する破産債権者の期待を強く保護する必要性はなく、遺産分割協議が破産債権者を害する程度(有害性)が大きいとは当然にいえないとの判断が示されています。
上記判断基準は、離婚に伴う財産分与を対象とした詐害行為取消訴訟において、「離婚に伴う財産分与として金銭の給付をする旨の合意は、民法768条3項の規定の趣旨に反してその額が不相当に過大であり、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情があるときは、不相当に過大な部分について、その限度において詐害行為として取り消されるべきである」(最判平12・3・9民集54・3・1013)と判示した判例の基準に準拠するものです。
これに従えば、遺産分割協議に関しては、原則的には詐害行為取消権の行使は控えられるべきであり、当該遺産分割に仮託してされた財産処分であると認められる特段の事情がある場合に詐害行為取消権の行使が許されることになります(高須順一『行為類型別詐害行為取消訴訟の実務』189頁(日本加除出版、2021))。
(3) 詐害行為取消権成立のための要件
遺産分割協議について詐害行為による取消しが認められるための要件として問題となるのは、客観的要件としては「詐害行為性」、主観的要件としては「受益者の悪意」、そして「特段の事情」の存在です。
まず、「詐害行為性」については、例えば、債務者が無資力の状況下で遺産を承継せず、その分だけ多く他の相続人に遺産を承継させることは、無資力である債務者から他の相続人への贈与と同視できることから、財産処分として詐害行為性を認めることができます。
そこで、詐害行為性のある遺産分割協議の成立を避けるためには、相続人間で、債務の有無および債務額、相続人の財産状況(財産の有無、所有財産の評価額等)、債権者への返済状況および交渉状況等の確認が必要になります。
次に、「受益者の悪意」とは、債権者を害すべき事実、すなわち詐害行為の客観的要件を備えていることの認識を意味することから、詐害行為取消請求権の客観的要件(詐害行為性など)について受益者が認識しているか否かが問題となります。