同族企業の事業承継のむずかしさ…血縁関係ゆえの軋轢も
もし現社長が家族の同意を得ずに、独断で後継者の決定や財産の分配などすべてを決定した場合は、家族の反発を招いて「争族」やトラブルに発展しかねません。それでは事業承継は「失敗」です。
当然、家族も争いごとを望んではいません。しかし、争いごとになりやすいのが事業承継です。同族企業では、血縁関係があるがゆえに生じる軋轢(あつれき)が大きな問題となる場合が多いのです。そういう意味では、家族は一番近い存在でありながら一番遠い存在でもあるように感じます。
「家族会議」は事業承継を本格的に進めるうえで、家族内のコミュニケーションや意思決定を円滑にするための重要なステップです。経営者の思いや家族それぞれの事業承継に関する意見、考え、不安などを共有することでお互いの理解を深め、事業承継とその後の会社の運営に向けて協力関係を築くことができます。
経営権や財産争いなどで大きなトラブルとならないうちに、主催者である経営者が元気でリーダーシップのあるときに、また一族が集まることが可能なうちに実施しましょう。
家族会議は「事業承継士」が一番必要とされる場面でもあります。事業承継とは節税対策や争族防止のみならず、会社の理念・儲かる仕組み・独自のノウハウ・企業文化を承継し、後継者によるさらなる成長を図る「全体最適」であり、ゆえにアドバイスをする者には幅広い知識とノウハウが要求されます。
家族会議は、事業承継においてもっとも大切な段階といっても過言ではありません。社長交代の混乱を最小限に抑え、争族防止の切り札になるだけでなく、家族の団結力を高め後継者を守(も)り立てていく機会になります。家族会議は事業承継の本格的な第一歩です。
家族会議では、例えば以下のような点について決定します。
①事業を承継する後継者の指名
②後継者への事業用資産の集中
③後継者以外への配慮
これらを社長が元気なうちに決定して事業承継時や相続時の混乱を防ぎ、一族の安寧をめざします。家族会議の最大の目的は、家族の安寧と結束力を高めることに尽きます。それぞれについて解説しましょう。
〈事業を承継する後継者の指名〉
後継者を指名する場として、家族会議は力を発揮します。後継者を指名する際、後継者に対する家族の想いや考え方を知ることは、今後の要らぬトラブルを未然に防ぐ効果があります。
後継者として指名を受けた人は、この先の重責を担う覚悟をし、この日から本格的な準備に入ることができます。後継者が家族に対して所信表明し、「自分が継ぐのだ」という覚悟が決まるとその後の姿勢も変わってきます。
〈後継者への事業用資産の集中〉
後継者を指名して会社を任せるということは、シンプルに言えば「後継者に株式を渡す」ということです。後継者に株式を集中させるのが経営上の望ましいことだとしても、後継者以外の家族にとっては理解できないことでもあります。
家族会議で後継者に株式を集中させる必要をしっかりと理解してもらえなければ、のちのちトラブルになりかねません。株が分散すれば経営に支障が出てくるのは言うまでもないことです。後継者に集中させなければならないのは株式だけではありません。事業資産もすべて後継者に相続させなければなりません。
〈後継者以外への配慮〉
株式や事業用資産(不動産など)は後継者に集中すべきですが、経営者の資産の大半が株式や事業用資産であることも多く、その場合、後継者以外の会社経営にタッチしない者に対しての相続財産をどうすべきかの問題が残ります。
他の子どもたちには家や現金、保険金を受け取る権利などを与えてバランスをとらなければなりません。家族会議では、当社株式の法定遺留分の除外を承認してもらうことも重要になります。
家族会議の上手な進め方
家族会議のおもな目的は次の3つです。
①正式な後継者の指名と、そこから事業承継の加速をめざすこと。
②社長交代の混乱を最小限に抑え、事業の安定経営をめざすこと(将来のリスクヘッジ)。
③将来のリスクヘッジに向けて合意文書を作成し承認(記名捺印)を得ること。
とくに、③の内容や決定事項は口頭でのやり取りだけでなく、あとで言った言わないの話にならないように、議論や決定事項は文書化します。合意事項を明確にし、後継者や関係者が納得したうえで進めることが重要です。
家族会議は、株主総会に代わる一族の重大事項を決定する機関であり、会社の今後を決める重要な儀式です。また、後継者に事業承継の意識づくりを行う場です。そういう意味から、場所として会社の会議室を活用したり、式次第と進行役、資料も準備し、ややフォーマルな場にすることも重要です。
以下は、家族会議の式次第の一例です。参考にしてください。
家族会議の式次第(例)
1. 開会宣言
2. 家族会議の趣旨説明
3. 家族会議のルール説明
4. 会社と株式・個人資産の現状報告
5. 議案提出
第1号議案:後継者の指名
第2号議案:株式の贈与と買取り
第3号議案:法定遺留分の除外の同意書作成(後継者以外の相続人に対する財産平衡の措置についても)
第4号議案:後継者の肩書、権限、責任分担、報酬
第5号議案:代表交代の時期、スケジュールについて(事業承継計画書の説明)
6. 採決
7. 決意表明
8. 書面作成
9. 閉会の辞
家族会議を実施するに当たっては、その場の会議ではじめて話をして決めていくよりは、会議が始まるまでにじっくりと考えを整理し、それを事業承継計画書に落とし込み、また必要書類などを準備しておくことが肝要です。関係者には事前に根回しして、ある程度の結論に導いておくことも家族会議を成功させるうえでは重要です。
家族会議の参加者として、子どもたちの配偶者が加わるケースもありますが、できれば相続人だけに絞るのがよいでしょう。相続人でありながら参加できない人には、委任状や持ち回り議決を得ておくことも必要です。
家族会議の基本ルール
家族会議は、ときに感情的になり、他の意見を遮るようなことも起きるリスクの高い会議です。そのため、ルール(約束事)を設定し、あらかじめ参加者で確認しておきます。
たとえば、発言者の話は最後まで聞き、受け止める、冷静に話し感情的にならない、話がまとまらないときは「円滑な事業承継と今後の安定的な経営の確立」という会議目的に立ち戻るといった点などを確認し、出席者全員が安心して話せる場をつくります。
家族会議の重要性を理解したうえで実施したにもかかわらず、「考えについて理解してもらえなかった」「税金面、具体的な事業承継の進め方など、その場で質問に答えられないことも多々あった」「感情的なやり取りとなり、冷静に話をすることができなくなった」「何度か家族会議を開いているが、結論が出ない」といった声を聞きます。
家族会議は運営が難しいものです。進め方を失敗すれば、家族の同意を得られず、事業承継が暗礁に乗り上げてしまうこともあります。冷静な議論と意見交換を促進することが重要です。
家族会議では、異なる意見や懸念を尊重しながら最良の結論を導かなければなりません。また、事業承継は法務、税務、財務など専門的な知識が必要となり、家族会議の場で専門的な観点からの回答も求められます。
先に事業承継士などの専門家を交えることを提案しましたが、家族だけで行うことに不安がある場合は、事業承継に関する専門知識があり、かつ家族会議運営のノウハウをもっている第三者に同席してもらい、進行してもらうことをおすすめします。
専門家が、「なぜそういうことが必要になるのか」を伝えることで、家族が冷静に判断できるようにもなります。「家族同士では直接聞きづらいこと」も第三者の専門家なら聞けますし、しっかり結論を出すために、家族の対話を促進する事業承継士などファシリテーターの存在が必要です。
中谷 健太
株式会社新経営サービス 経営支援部マネージャー
事業承継士/中小企業診断士/経営革新等認定支援機関
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