体の弱い両親のため…介護離職に至った50代男性
今回の相談者は、50代アルバイトの佐藤さんです。将来の父親の相続の件で兄とトラブルになっており、対応の方法を相談したいと、筆者の事務所を訪れました。
佐藤さんの父親は80代で健在ですが、母親は2年前に亡くなっています。佐藤さんのきょうだいは、50代の長男、同じく50代で二男の佐藤さん、40代の妹の2人です。
佐藤さんは独身で、父親と実家で同居しています。兄と妹は結婚し、都内に暮らしています。
「私の両親は体が弱く、病気がちでした。兄は大学卒業後、すぐに結婚して家を出てしまったので、両親のサポートのために私が実家に残りました。新卒で地元の企業に就職し、そこで長く働いていました」
最初は大きな問題はありませんでした。しかし、両親が60代後半になってから、生活全般のサポートが必要になりました。佐藤さんは働きながら両親の世話をこなしていましたが、次第に両立が困難になり、3年前に介護離職してしまいました。
「2年前に母を見送ったあと、アルバイトをしながら父の介護を行っていましたが、今度は私のほうに病気が見つかり、療養と手術のため2カ月ほど入院することになったのです」
ひとりになる父親を心配していたところ、その間、兄夫婦が一時的に実家に戻って父親を看てくれるというので、佐藤さんは安心していました。
二男の不在中、父は「不動産は長男へ」との遺言書を…
退院した佐藤さんは、兄夫婦と入れ違いで実家に戻りました。
「実家に戻ったあと、自宅で自分の入院関係の書類を整理していたとき、戸棚の引き出しの奥から、見慣れない法律事務所の名刺や公証役場の封筒が出てきたのです」
佐藤さんは父親にこれらを見せ、どうしたのか尋ねました。
「最初は口ごもっていましたが、兄から促されて遺言書を作成したと教えてくれました」
長男夫婦は父親へ「弟に万一のことがあるかもしれない。そのときに財産を守るため〈不動産はすべて長男に〉という遺言書を書いておけば安心だ」といって、公正証書遺言を準備させたのでした。
「どうしてそんなことしたの? と聞いたら〈兄ちゃんから強く言われて、断れないかった、すまない〉と…」
自宅不動産は、同居の二男が相続するのが合理的
佐藤さんの父親の財産は、自宅不動産と隣接する貸し駐車場、預貯金で、合計8,000万円程度です。
父親と同居する佐藤さんが自宅を相続すると小規模宅地等の特例が活かせるため、相続税の申告をすれば納税は不要になります。
しかし、すでに東京に自宅を所有し、そこで暮らす長男が相続すれば、特例が使えないために納税が必要になります。節税の面からも、自宅は父親と同居・介護してきた佐藤さんが相続するのが適切だといえるでしょう。
筆者と提携先の税理士は、佐藤さんにその旨を伝えたうえ、後日、佐藤さんとともに実家の父親を訪問することにしました。
「自宅と駐車場は、同居する二男に相続させたいと思っている」
約束した日に、筆者、担当の税理士、佐藤さん、そして父親の4人で面談を行いました。
あらためて父親の意思を確認したところ「本当は、自宅と駐車場は二男に相続させたいと思っている」「預貯金は3人で平等に分ければいい」と、気持ちを話してくれました。
父親の気持ちが明らかになったので、遺言書を改めて作り直すことになりました。
遺言は亡くなった方の生前最後の意思を、法律的に保護・実現させるための制度です。遺言書が見つかり、遺産分割の方法や相続割合の指定などがある場合は優先され、原則的に、遺言通りに相続することになります。相続発生時には、法定相続人の確定と同時に、遺言書の有無を確認するのはそのためです。
遺言書があれば、法定相続分による相続よりも、遺言書の内容が優先されます。よって、法定相続人ではない第三者に財産を遺贈する内容や、一部の相続人に多く渡す内容であっても遺言書が優先されます。
遺言書の内容を変更する場合、すべてを新しく作り直すこともできますが、部分的に変更したいところだけを作り直すことも可能です。以前に作成した父親の公正証書遺言は「不動産以外はきょうだいで3等分」となっていたため、専門家はあらためて作り直す必要はないと判断しました。
そのため「不動産は二男へ」とし、作り直す理由を付言事項に記載することになりました。
念のため、証拠として動画撮影も実施
公正証書遺言は、公証人が本人の意思確認をして作成するため「本人の意思なのか否か」といった問題は発生しません。また、認知症等で意思確認ができない場合は作成できないため、無効になることもありません。
しかし、長男の意思通りではない内容となる場合、不服に持った長男が「遺言無効確認訴訟」を起こす可能性もあります。父親から長男に直接伝えてもらえればいいのですが、機会が作れないことも想定し、父親の意思で遺言書を作ったという証拠を残すことにしました。
佐藤さんの父親には認知症の兆候もなく、会話も問題ありません。佐藤さんは、父親に「自宅は二男に相続させる、現金はきょうだいで平等に分ける」と話してもらい、それをスマホで動画撮影しました。
これにより、万一の際にも説得する材料となります。
また、遺言書の「付言事項」として、下記の文言を追加しました。
佐藤さんを心配していた妹も笑顔に
すべての手続き完了したあと、佐藤さんは妹さんを伴って、筆者の事務所に立ち寄ってくれました。
「遺言書を作成し直して、本当に安心しました。父親も気が楽になったようです」
妹さんも、笑顔を見せてくれました。
「私は夫の両親の介護があり、自分の両親のことは次兄に任せきりでした。次兄は介護のために退職したうえ、病気で手術もしていますから、次兄が自宅と駐車場を相続できれば安心です。父も申し訳なかったと謝っていました」
お2人はかわるがわる頭を下げ、事務所を後にされました。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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