従業員である愛人に振り込まれた、給与以外の「贈与」
平成17(2005)年7月、東京大田区で有限会社小川メッキを経営する小川伝兵衛さん(当時75歳・仮名)は、通常の税務調査を受けました。特殊事情として、数十年来の愛人である島本恵子さん(当時58歳・仮名)を監査役にして、社長が技術と営業を、島本さんは総務と運送を担当し、工場を切り盛りしています。社長夫人の和子さんとの間には子どもがいませんが、島本さんとの間には島本鉄也君(当時14歳・仮名)がいます。
今回の税務調査は、通常どおり売上計上漏れ、在庫品の仕入れ状況等、オーソドックスなものでした。町工場としては、島本さんがしっかり経理の仕事をしているので特に問題は発生せず、顧問税理士もあまり緊張していませんでした。
売上・仕入に問題がなかったので、税務調査の対象は、経営者の資金の流れに移りました。そして島本恵子さんに、給与とは別の「社長からの贈与」項目が元帳に記載されている点を税務調査官が目ざとく見つけました。
「これは何ですか?」と税務調査官。
「はい。私は素人なので、専門の顧問税理士先生に説明をしていただきます」と言って、元帳と社長が押印した支払伝票、贈与契約書、および毎年の社員総会議事録を調査官の前に置きました。
税理士は、資金が会社の社長借入勘定(会社が社長から借りた借金〔負債〕)から、社長への返済として、毎年110万円が、社長の指示する支払先・島本恵子さん宛てに送金されていることを説明しました。
このケースでは、会社の運営に際し、たとえば創業当時に会社に銀行借入能力がなかったので、社長が個人の資金を、会社に貸し付けていました。会社に入ったその資金の出所は、会社の経理では、社長からの借入金とします。
なお、会社への入金後はその資金は会社の資金です。会社の経理としては、たとえば仕入に出費したのであれば、仕入計上で商品を受け入れ、その代金を出費した(使った)ということになります。
社長にしてみれば、「昔行った会社に対する貸付け」を「会社から返してもらう」というわけです。その使途として、愛人の島本さんに贈与したいということなのです。道徳的にはどうかと思いますが、違法ではありませんので、個人の自由です。
会社にお金があれば、社長が会社に「お金を返してちょうだい」というのは、会社に対する背任行為にはなりません。
また税理士は、その会社としての承認証拠として、社員総会議事録にその資金移動の説明が記載されていることも陳述しました。
行政書士・弁護士以外が「議事録」を作成するのは違法
「社員総会議事録」とは、特例株式会社である有限会社の議事録の一つです。株式会社では「株主総会議事録」という書面にあたります。
この書面は行政書士資格を持つ顧問税理士により、毎年会社の4月決算期末から3カ月以内に作成されています。
「行政書士」と記載したのは、契約書・議事録等の書類作成は弁護士法第72条で「法律事件に掛かる法律事務は弁護士の専管業務とする」旨の規定がある一方、行政書士法では「係争を予定しない法律事務は行政書士が行うことができる」旨の規定があるからです。
そのため、行政書士は法律事件(訴訟)を予定しない民法上の契約、仲介、議事録等の書類の作成を受託することが広く知られています。
しかし行政書士・弁護士以外の者が、他人の求めに応じて契約書・議事録等を作成するのは違法行為です。将来問題が発生しなければ問題ありませんが、何かの拍子でその契約文書・議事録等が裁判所の証拠書類となったとき、その作成者がたとえば公認会計士、税理士、社会保険労務士、中小企業診断士などであれば、「証拠書類の違法性」が問題になり裁判を左右することもありえます。税理士等が安易に議事録等をつくっているのを見かけますが、留意すべき点です。
<事例のポイント・注意点>
お金持ちの社長さんが愛人に財産を分与したいという話は、道徳的な善しあしは別として、経済事象としては、よくある話です。一夫一婦制のわが国では愛人への遺産分与は、相続税の2割加算という税額加算の規則があります。しかし、この事例の方法ならば、適法に非課税贈与ができます。
それはさておき、会社法上、会社と役員との取引その他の重要と思われる取引は、取締役会、または株主総会の決議が必要です。