口頭でも問題ない贈与契約だが、「証拠」は必ず残す
平成25(2013)年11月4日は、相川トシ子さん(当時80歳・仮名)の誕生日。その娘で、大手デパートの接客担当執行役員に抜擢された寿美子さん(当時44歳・仮名)は、母親の老後をもう少し生活水準を上げて豊かなものにしたいと決心しました。
トシ子さんはいわゆるシングルマザーで、苦労して寿美子さんを育てました。寿美子さんは、その恩返しをしたかったのです。
そこで寿美子さんは平成25年は誕生日のお祝いに、自分の銀行預金口座から母親の郵便貯金口座に110万円を送金しました。そしてその夕方、以前から予約しておいた高級レストランにトシ子さんを招待して、自分が会社で執行役員になったこと、それから、これからも元気できれいにいてもらうため、母親自身のために自己投資をしてほしいことを伝え、連年贈与の話をしました。
トシ子さんは最初「そんなの必要ない」と言って拒否していましたが、寿美子さんの熱心さに打たれ、「その気持ちをありがたくいただこう」と考えを変え、了承しました。
実際に毎年贈与するにはどのように行うのか、順序立てて説明します。
(1)「タダであげます」「はい、いただきます」という双方の贈与意思の確認
これは、娘から母への贈与においても該当します。どちらかが欠けると贈与契約は不成立です。民法549条では「書面で」とは書いてありません。しかし「契約存在」の証明は納税者側(この場合母)の責任ですので、税務署から「証拠がない」と言われないように、証拠は客観的な方法で残す必要があります。
(2)贈与契約書を毎年作成
贈与は現金で行うのではなく、必ず受贈者の銀行口座に振り込みします。贈与者の名前が電子記録されるため、証拠となります。また、長い年月が経つと通帳を紛失する場合が多いため、通帳のコピーを取り、保管しておきます。なお、証拠の作成・保管は、高齢の母親に代わって娘が行います。
その内容は、受贈者の贈与年分の贈与者に対する「貢献感謝状(健康でいてくれたことへの感謝)」としました。せっかく、贈与記念の小パーティーを開くのですから、「今年はなぜ贈与するのですか」という質問に対する「答え」は毎年、考えておくのが常識です。
(3)贈与小パーティーの開催
しっかりした「証拠保存戦略」として、このパーティーの開催をお勧めします。パーティーは、母娘2人での小規模な食事会でも構いません。
(4)贈与アルバムの維持・管理
贈与パーティーの様子を写真に撮り、アルバムに貼りつけます。また、開催日時や場所、目的等のコメントを、アルバムに「添え書き」しておきましょう。
(5)贈与税申告
贈与税がゼロ円でも、ぜひ証拠書類の一つとして贈与税申告をしましょう。申告期間は、毎年2月1日から3月15日までです(曜日によって、日程は多少変動します)。
連年贈与の非課税枠は「逆贈与」でも適用可能
<事例のポイント・注意点>
普通は、祖母から子や孫への非課税贈与による資産移転が話題になりますが、このケースは逆です。娘から母親への感謝の気持ちとして、連年110万円を贈与しています。この場合も、贈与税の連年贈与で年110万円の非課税枠は使えます。
この「110万円非課税枠」は、直系尊属から子・孫に対する贈与という「縛り」はありませんので、この事例のように「逆贈与」でも適用されます。
直系尊属とは、父母・祖父母等のことです。つまり、自分より前の世代で、家系として直通する系統の親族のことで、養父母も含まれます。叔父・叔母、配偶者の父母・祖父母、兄弟・姉妹、甥・姪、子の配偶者は含まれません。