妻の実子への「無償の贈与契約」
平成25(2013)年6月、バツイチの近江正平さん(当時65歳・仮名)は、バツイチの紀香さん(当時35歳・仮名)と再婚しました。紀香さんは、すでに離婚訴訟で長男・新次郎君(当時3歳・仮名)の親権を前夫・小出翔太さん(当時32歳・仮名)に譲る契約が成立していました。
株式会社近海魚貿易の社長である正平さんは、財政的には余裕があります。社長秘書として勤めていた期間も含めて紀香さんとは10年以上の付き合いになりますが、2人の間には子どもはいません。正平さんは紀香さんの心情を考えて、妻にとっては実子である新次郎君のために、継続的に資金を送るのがよいのではないかと考えました。
正平さんは紀香さんと相談したのち、弁護士を通じて、小出翔太さんを親権者として新次郎君に無償の贈与契約を申し出ました。小出翔太さんは当初「何か狙いがあるのではないか」と疑い、対応せずにいました。しかし弁護士に相談した結果、「贈与に関する受入側の条件がまったくないのなら問題ない」ということになり、受け入れました。
贈与式典や書類管理まで細かく記した「合意書」の内容
その後の手続きとして、当事者は後日の備忘のため、次の内容の合意書を作成し、各人が一通ずつを所持することとしました。
弁護士は、関係者の行動計画を次のように設定し、各人に通知しました。各人も、次の計画を実行することで合意しました。
(1)連年贈与の送金
毎年小出新次郎君の誕生日の直前に、近江正平さんは小出翔太さんに連絡のうえ、小出新次郎君の銀行口座に110万円を送る。
(2)贈与式典の開催
①行事内容
近江正平さんは、委任状を紀香さんに託して、小出翔太さんから「毎年の成長報告」を事前に受け、その内容から特に印象深いエピソードを選んで、小出新次郎君の成長を祝う「手紙」を、手渡すことにする。
②場所
小出翔太さんの友人が経営するイタリアンレストランとする。
③日時
誕生日近辺で、連年贈与の送金後で設定する。詳細日時は関係者で連絡し合う。
④出席者
小出新次郎、近江正平(または委任状出席による近江紀香)、小出翔太
⑤式典費用
各自負担とする。
(3)連年贈与の証拠書類の作成および保管
①近江正平が作成および管理を行い、所要の押印は各関係者が行う。
②贈与税申告は、近江正平の顧問税理士が行う。
③小出新次郎君の負担となるべき事務費は、近江正平が贈与する。
④その追加の贈与額の申告は、小出新次郎君が行い、納税する。ただし実務はすべて、近江正平が指名する税理士が代理する。
⑤3歳の小出新次郎君には、名前の書き方を教えて、贈与契約書面に署名させる。
⑥当事者(親権者を含む)は、贈与書面に署名押印する。
⑦当該贈与書面は、公証役場の「確定日付」を取る。
※公証役場で付与される確定日付とは、公証人が私書証書に日付のある印章(確定日付印)を押捺した場合のその日付をいいます。その日付が押印された私文書は、その日に存在したことが公的に証明されます。なお、110万円の贈与書面の手数料は「公証人手数料令」で7000円です。
⑧通帳保管
小出新次郎君の銀行口座は、親権者の小出翔太が保管する。
※贈与契約書には、「小出新次郎君は、いつでも使いたいときは親権者の同意を得て、使える」ことを記載する。
<事例のポイント・注意点>
新次郎君の親権者は、近江正平さんではなく、小出翔太さんです。新次郎君が「受贈者」の贈与契約については、あくまで「親権者」である小出翔太さんの署名・押印が必要です。
法律外の話ですが、お金持ちの近江正平さんが「お金で小出翔太さんを傷つけない」ように配慮するのが、近江正平さんの機微あるやさしさだと思います。その橋渡しを翔太さんの元妻・紀香さんができるといいですね。