今回は、企業の「新興国進出」のリスクを紹介します。※本連載は、コンサルタントとして活躍する出口知史氏の著書、『東大生が実際に学んでいる戦略思考の授業』(徳間書店)の中から一部を抜粋し、企業の経営戦略に潜む落とし穴を見ていきます。

軽視できない輸送コスト等の問題

新興国の進出には、数字に表せないリスクが存在します。

 

例えばデータが流出してしまったり、労働争議が起きて作業が止まってしまったりしてしまうようなことです。さらには政府の方針で急に労働者のコストを引き上げなければならなくなることもあります。日本の慣習では想定しにくいリスクです。

 

そうしたリスクと経済効果とのバランスがとれるかどうかという視点で考えたうえで決断をしているはずです。しかし後から振り返ってみたら、リスクは(当初の想定よりも)大きいもので、実はバランスがとれていなかったということは起こりうる事態です。

 

また忘れてはいけないのが、ソフトウェアなど物流コストがかからないものはさておき、部品など物流コストがかかるものについては、その輸送コストと時間も大きな要素です。時間とは言い換えれば納期であり、納期が守れない会社は信用を失ってしまい、やがては商売が成り立たなくなります。

 

部品のサプライヤーが、「中国で安く作れるようになりました! 半額になります。なので、いままで1カ月で納入していましたが、今後は3カ月見てください」と言ってきたら、「いやいや、ちょっと待ってください。どっちが良いか検討します」となります。

 

こうした手続きに関連して起こるリスクについては、現場の担当者はやる前に直感的にわかるものです。

 

ただそれでも、「加工賃が下がる」という見えやすい結果を前にして会社としての大きな流れの中でその声がかき消されたり、感覚的な議論(例えば、「○○の前提で換算すると、リスクは○円にものぼるんです!」ではなくて、「リスクがあります、もうちょっと慎重にお願いします!」とだけ言うのでは伝わり方が異なります)でうやむやになって、実行に踏み切られてしまうことが多いです。

新興国進出という「聞こえの良さ」が落とし穴

リスクをはらんだり想定より高くコストがついたりする可能性があろうとも、経営者や意思決定者にとって新興国進出というのは、“聞こえ”が良いのは間違いありません。

 

「うちは新興国にどんどん進出しています」ということに対して、メディア等は、「逆に高くつく可能性もあるのでやめるべきだ」とは言いません。株主、投資家や社員も国内に留まって事業を営んでいるよりも、企業の業績が上がりそうに思えますので、それに対して異論は唱えません。

 

もちろん個別の産業事情にもよりますが、一般的に国内に留まるよりも海外を対象に事業基盤を考えていくほうが賢明なことは間違いないでしょう。しかし自社の状況や持つ力を理解して、スケジュールを見たうえで効果、そして投資判断を考えていかなくてはなりません。

 

東大生が実際に学んでいる 戦略思考の授業

東大生が実際に学んでいる 戦略思考の授業

出口 知史

徳間書店

現役東大生を対象に著者が行っている経営戦略の講義が待望の書籍化。 今年で9年連続となる人気講義には、経営者が判断を誤る背景、成果主義の弊害、新興国進出の損得、アウトソース依存による空洞化危機、危ない経営の見抜き…

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