増加する「中国・韓国への技術流出」
少し話はそれますが、このブラックボックスには大きな落とし穴がありました。2000年代に入ってから、ブラックボックスがあって追いつけないのなら、ブラックボックスを技術者ごとそのまま引き入れてしまえば早いと考える中国企業や韓国企業が出始めたのです。そして、日本の景況の悪化もあって、引き入れることは実に簡単でした。
2014年3月に、東芝が韓国の半導体大手・SKハイニックスを訴える訴訟を起こしました。かつて東芝との共同開発先にいた技術者が機密性の高いデータを持ち出し、それを携えSK社に転職しました。
そこから生まれた技術が東芝の利益を侵害した、その情報の取り方が違法だという主張です。似たようなケースで、2012年には新日本製鉄が韓国の鉄鋼大手・ポスコを訴えています。
2〜3年でクビでも、定年までの収入を上回るなら…?
企業の機密を漏えいすること、それを誘導することは法律違反に問われます。しかし、立派な日本企業で色々な知識やノウハウを頭の中に蓄積させた技術者が退職し、その後、海外企業が雇用すること自体は、何ら違法ではありません。
例えば、早期退職を実施した大手家電メーカーの50代の技術者が、「2~3年でクビになるかもしれないけれど、年収はいままでの2~4倍出しますよ。海外でも安心です、住宅も家政婦も、仕事中は通訳も用意します」と、韓国企業に誘われたとしましょう。
本当に3年でクビになったとしても、もらう金額で考えれば日本で60歳すぎまで働いたのと同じ計算です。住宅ローンを抱えていても、前倒しで完済できます。それまでの長年の会社や同僚への恩義に対して裏切るのかという見方もありますが、個人の判断でそれを受諾することは、誰にも責められないのではないかと著者は思います。
この問題には、技術者を取り巻く日本企業・社会の根深い課題が横たわっていたと捉えています。
著者自身が、税金を投入されていた国立大学の工学部を修士課程まで出ておいて技術職に就かなかったので、何か主張する資格はありませんが、この課題に正面から向き合う風潮にならない限り、学生の理系離れ、あるいは理系の日本離れが進み続けてしまうのではないかと危惧しています。
母数が減って競争率が低くなったから、就職で理系学生が有利になったと喜んでいる場合ではないと思います。