うつ状態は実力を高める絶好のチャンス
つまり現代人は、ネガティブな自己イメージを拒否し、自信のなさから目を背けるあまり、何百万年にもわたる進化で培ってきた「対処するスキル」を失っているのかもしれない。私たちは、甘やかされすぎた結果、不快な感情や失敗と向き合うことができなくなっているのだろうか。
進化とうつ病の関係について革新的な発見をした2人の心理学者、ポール・アンドリューズとアンディ・トムソンは、次のようにいっている。
「抗うつ剤を処方して治療することを重視する最近の風潮は、痛みをすぐに消したいという本能的な欲求から生まれている。しかし、心の痛みに耐え、むしろ自分の利益になるように活用する方法を学ぶことが、もしかしたらうつ病が存在する進化的な理由なのかもしれない。哲学の世界では、つらい経験が成長の糧になり、自分自身や人生の問題に対する洞察を深めるきっかけになるという考え方が昔から存在するが、これもうつ病の進化上の役割と関係があるのかもしれない」
ここでアンドリューズとトムソンがいっている哲学的な伝統とは、ストア主義のことだ。ストア主義は古代ギリシャを起源とする哲学の一派で、自分を厳しく律する禁欲主義が特徴だ。現代の「自分大好き」の風潮とは違い、ストア主義は、快楽ではなく真実を追究せよと教えている。
古代ローマでもっとも影響力のあったストア派の哲学者、ルキウス・セネカは、「不幸を勇気で乗り越えることができる人間ほど、尊敬を集める存在はない」といっている。ストア主義の教えでは、ポジティブな感情ばかり追い求めるのは、むしろ自分にとって害になるのだ。
つまり、気分が落ち込んだり、自信を失ったりしても、絶望する必要はないということだ。むしろそれは、自分を高める絶好のチャンスになる(唯一のチャンスではないにしても)。
ここでは、次のことだけを覚えておけばいいー自信があるから成長できるのではなく、実力があるから成長できるのだ。実際、逆境を受け入れるほうが、逆境から目を背けるよりも、ずっと成長の糧になる。ストア主義で昔からいわれているように、人は苦痛、涙、傷心によって強くなるのだ。
ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン教授
コロンビア大学教授
マンパワーグループのチーフ・
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