資産の中で「貴金属」だけは現物で保有できる
金融・経済の世界では、商品先物取引所などで取引されている「商品」のことを「コモディティ」と呼びます。コモディティには種類があって、原油や灯油、ガスなどの「エネルギー」、金・銀・プラチナといった「貴金属」、銅や亜鉛、鉛、ニッケルなどの「非鉄金属」、小麦、小豆、トウモロコシなどの「農作物」があります。
コモディティの中でも、貴金属だけは現物を資産として保有することができます。農作物や原油なども現物を入手することは可能でしょうが、たとえば、家に1トンの小麦が届いたとして、それを保管するのはまず無理ですから、現実的な話とはいえません。
おもな貴金属として、次のようなものが挙げられます。
●金
●プラチナ
●銀
●パラジウム
このうち、プラチナ、銀、パラジウムは宝飾品としてもよく使われますが、その大半は産業用途で使われます。たとえば、プラチナはその多くがディーゼル・エンジン車の触媒に用いられます。パラジウムもプラチナ同様、自動車の触媒がおもな用途ですが、こちらはガソリン車の触媒が中心です。
プラチナとパラジウムは兄弟のように似通った性質を持っていますが、こうした用途違いゆえに、値動きも大きく異なります。ディーゼル・エンジン車はおもに欧州で生産・使用されるので、同地域の経済状況に大きく依存します。
これに対し、ガソリン車は北米から新興国まで、世界中の広い地域で生産され、かつ使用されることになります。したがって、パラジウムは欧州経済の影響はさほど受けず、そのほかの幅広い地域経済の影響を受けることになります。貴金属への投資を検討する場合、このような用途の違いに関する知識も、ある程度は持っておいたほうがいいでしょう。
一方で金はどうかというと、産業用途もありますが、せいぜい全体の10%程度にすぎません。それよりも、宝飾品としての用途のほうがはるかに多くなっています。宝飾品としての金は、伝統的にインドや中東などで根強い需要があり、その希少性によっていつの時代にも珍重されてきました。この点が、経済の動き(=景気変動)に左右されるプラチナやパラジウムなどと、大きく異なる特性です。
銀も、金と同様に準貨幣としての側面を持っています。一方で、用途に着目すると、その価格の安さから電子部品や携帯端末など、幅広い機器で利用されており、その点では産業用金属の側面も持っています。
このような銀の特殊な性格は、価格変動にも現れます。あるときは通貨としての機能が注目され、金と似通った動きをする時期もあります。またある時期には、産業用金属としての性格にスポットライトが当たり、むしろ景気との連動性を高める時期もあります。
ただし、銀は金と違ってかさばります。たとえば100万円分の銀を買おうとした場合、旅行用のキャリーバッグが必要になるほどの量になってしまいます。銀の場合はETFを通して投資してもよいでしょう。
ちなみに、プラチナ、銀の現物は、金と同じように地金商などで簡単に買うことができますが、パラジウムの現物だけは、一般の地金商では取り扱っていません。ETF経由での購入に限定されます。
●金を持つメリット
いつの時代も絶対的な価値を有し、景気のサイクルと異なる値動きをする点は、金特有の大きなメリットです。ペーパー資産とは違って人為的に作り出すことができないので、発行体の信用力などに影響されることがありません。よって、現物に投資する場合、まず安定した投資対象と捉えることができます。
金は希少性が高いですが、産出国という点では比較的分散されているといえます。プラチナのように、原産国が極端に偏っている(大半が南アフリカ共和国)場合、暴動やストライキ、あるいは電力供給の問題など、原産国のカントリーリスクによって、価格が大きく変動しますが、金についてはその心配は少ないでしょう。
では、実際に私たちが金を購入しようとする場合、どのような方法があるかといえば、一般的には次のとおりです。
●金地金(「バー」「インゴット」などと呼びます)
●地金型コイン(金貨)
●純金積み立て
●宝飾品・工芸品など
このうち、多くの方にとってなじみがあるのは、テレビC Mの影響などで広まった純金積み立てではないでしょうか。数千円から始められるという手軽さが受けて、そこそこの人気があるようです。
ただし、一定の購入手数料や年会費がかかるため、特に少額で積み立てる場合には、コストが割高になりがちです。ある程度まとまった資金がある方は、このような積み立てではなく、金地金を買うのがオーソドックスな方法といえるでしょう。
地金商などで金の地金を購入する場合、さまざまな重量のバーから、予算に合ったものを買うことになります。一般に店頭で買えるのは、1kg、500g、300g、200g、100g、50g、20g、10g、5g(以上「田中貴金属」の事例)といったサイズですが、ここで注意すべきは「バー・チャージ」です。バー・チャージは地金商に支払う購入手数料のことで、一般には300g以下のバーに関しては、その重量に応じて発生します。
金地金を購入する際の手数料はこれだけではありません。地金商には販売時(顧客側から見ると購入時)と、購入時(同売却時)の差額(スプレッド)がありますが、これも地金商に支払う手数料です。一般に、スプレッドは買値・売値の0.95%程度です。
次に一般的な購入方法は、地金型コインを買うことです。後述のクラシック・コインとは違って、地金型コインには「プレミアム(付加価値)」がありません。つまり、金属としての価値しかないということです。いってみれば金のバーを買うのと同じです。地金商などに支払う手数料は、会社によってさほどの違いはありませんが、品ぞろえは事前に勉強しておいたほうがよいでしょう。
品ぞろえについていうと、地金商で買える地金型コインには主に2種類あります。1つは、カナダ造幣局が鋳造する「メイプル・リーフ・コイン」といって、裏にカエデの絵が描かれたもの。もう1つは、オーストリア造幣局が鋳造する「ウィーン金貨」で、裏は管弦楽器のデザインです。これらは価値は変わらないので、好みによってどちらを買っても構いません。
金貨にはバー・チャージはありませんが、売りと買いのスプレッドが手数料になります。よく地金商は「コインはバー・チャージがないのでおトクです」といいますが、スプレッドは場合によってはバー・チャージを上回ることがあるので、そのあたりも総合的に考えて、何を買うべきか考えましょう。
●金を持つデメリット
金などの貴金属には、一般的にインカム・ゲインがありません。金利や配当などは一切つかず、その点は面白みがないともいえます。その代わり、ただ保有している分には税金は発生しません。
金を自分で保管する場合は、盗難などのリスクもあります。未然に防ぐために、必ず何らかの方法を考えるべきでしょう。
1つの方法は、銀行や信用金庫などの貸金庫に入れること。ただ、維持費は高くつきます。購入した会社で、そのまま預かってもらえる場合もあります。少なからず維持費はかかりますが、それなりの安心感は得られるはずです。もちろん、希望すればいつでも現物を出して、手元に置くこともできます。
ただ、金を預ける会社の信用リスクには注意しなければなりません。預託先が破綻すると、場合によっては預けた金を返してもらえず、債権者に分配されてしまうことがあるからです。
みなさんが金を預託する場合、その保管方法は2種類あり、預託先企業によって異なっています。1つ目の方法は「消費寄託」です。この場合、預けている金は、法的に預託先の資産に属していると見なされるため、破綻した場合の返還は保証されません。
2つ目の方法は「特定保管」です。この形態だと、預託先の資産と顧客の資産が明確に分離されるので、万一預託先が倒産しても金は返還されます。
特定保管のほうがベターではありますが、現状では消費寄託で保管する会社のほうが多くなっています。とはいえ、大手の会社であれば、破綻する確率はかなり低いので、消費寄託であっても、さほどの心配はないと考えていいでしょう。
金を買うならETFではなく現物がいい理由
さて、貴金属の投資を考えた場合、「現物で保有するか、ETF経由で保有するか」という点で、悩むことがあります。筆者は、金に関してはETF経由ではなく、現物の金を保有することをおすすめしたいと思います。
そもそも私たちが金を保有する目的を思い出してください。なかには短期的な値上がりを求めて購入する人もいるでしょうが、そのような方は、何も金に投資する必要はないように思います。
私たちが金を購入する究極の目的は、あらゆるペーパー資産に対して金が保有する、その絶対的な価値をポートフォリオに取り込むことにあるはずです。すでにお話ししたように、今後世界はますますマネー過多の状態になります。また、そのことによって世界の金融システムはますます不安定さを増し、場合によってはリーマン・ショック級の金融危機が、私たちが生きている間に何度も訪れるかもしれません。
マネーの量が巨大化していく一方、絶対的な価値を持つ金は、今後ますますその重みを増してゆくのではないかと思います。また、金融ショックによって世界の金融システムが動揺すると、いくら現物の裏付けがあるといっても、それは金融システムが正常に機能してのお話です。以上の点を踏まえると、金については金融システムに依存しない形、すなわち現物の状態で保有されるべきだと筆者は思います。
●買うタイミング
基本的には、金価格の値動きを調べて、比較的安い水準で買うことです。ただし金の場合、ほかのコモディティとは違い、景気に連動して価格が決まっていくわけではないので、相場の動向は読みづらいといえます。金の値上がりによって困る人がいないという現状を踏まえると、特に上値の読みは困難です。
一方で、下値についてはある程度の予想は可能です。現在の金の産出コストは、世界的に見て1オンス=1200ドル前後といわれます。一昔前はもっと安かったのですが、産出国の大半は新興国で、近年人件費や燃料費が高騰してきたため、高くなってしまいました。
このような状況で、金の市場価格が1オンス=1200ドルを大きく割り込むようなことが起き、それが続くとどうなるでしょうか? 現在稼働中の鉱山の採算はとれなくなり、いずれ閉山に追い込まれることになるはずです。その結果、金の産出量は減り、価格は上昇に転じるでしょう。
そう考えると、長期的に金の価格がそのような水準にとどまる可能性は考えづらく、つまりその安値水準が、絶好の買い場と考えることもできます。
ただし、金の価格変動は極めて激しいので、いくら理論上の安値水準になったとしても、一気に大金を投じて買うのは危険です。自分の適正保有量をきちんと考えた上で、時間を置き、何回かにわけて買うようにしましょう。
●どこで買えばよいか
前述の消費寄託・特定保管という点も気にしたいところですが、基本的には実績のある大手の貴金属商や商社、金融機関などで買えば特に問題ないでしょう。店頭で買ってもいいですし、インターネット経由で注文すれば、宅配便で届けてくれるサービスもあります。
次回は、実物資産編③として、少数派ですが、実物資産としての魅力が注目される「クラシック・コイン」についてご紹介します。