兄嫁に疎んじられた老母、涙をこらえて遺言書をしたためたが…
筆者の事務所に、佐藤さん(仮名)とおっしゃる60代の女性が相談に見えました。
「90歳の母が準備していた遺言書が、いつの間にか廃棄されました。恐らく兄嫁ではないかと疑っています」
佐藤さんは年子の兄と2人きょうだいです。佐藤さんは20代で結婚し、実家から車で30分ほどのところに暮しています。父親は10年前に他界しましたが、兄は父親から相続した古い実家を取り壊し、広い注文住宅を建築。佐藤さんの母親は、兄夫婦とその子どもと同居しています。
「兄夫婦は結婚してからずっと、両親と古い家で同居していました。でも、父が亡くなるまで大きな問題はなかったのです。しかし、兄が実家を相続し、自宅を新築してからギクシャクしていまして…」
佐藤さんの父親が亡くなったとき、兄が自宅不動産を、母親が現金の大半を相続し、家を出ている佐藤さんは数百万円を相続しただけでした。しかし、母親の老後を見てもらうのだからと思い、不満はなかったといいます。
「実は兄夫婦は、父の相続のあと、母を施設に入居させようと計画していたようでした。ところが、母が泣いて嫌がり、同居に至ったという経緯があるのです」
佐藤さんが母親から聞くには、食事も別で話しかけても無視されるなどの嫌がらせをされるとのこと。
「兄がしっかりしてくれればいいのですが、まったく頼りになりません」
遺言書に明記された「全財産は長女に」の文言
兄嫁の対応にすっかり嫌気がさした佐藤さんの母親は、財産である預貯金2,000万円をすべて長女の佐藤さんに相続させる旨の自筆証書遺言を作成し、佐藤さんに見せたあと、自身で保管していたといいます。
「ところが先日、母親から電話がありまして…。貴重品をしまっているタンスの引き出しのカギが壊れ、引き出しの奥に入れていた遺言書が消えたというんです。私は遺言書の中身も見ていますし、しまってあるところもこの目で見ています」
佐藤さんの母親90歳と高齢ですが、幸いなことに健康で認知症の兆候もないため、筆者がこの件を請け負い、自筆ではなく、公正証書遺言として公証役場で遺言書を作成しました。
「たしかに遺言書がありました」と主張したところで…
法律的にいうと、被相続人が亡くなったあと、遺言書を捨てる・破る・隠すなどした場合、刑法上では「私用文書毀棄罪」にあたり、民法上では「相続欠格」といって、相続する権利を失うことになります。
しかし、「以前は遺言書が存在していたが、それを廃棄した、あるいは隠した」ということを立証するのは基本的に不可能です。また、高齢者の場合、手元の遺言書の廃棄などされても「記憶違いではないか」「認知症の兆候ではないか」などといわれておしまいになる可能性が高いといえます。存在を立証ができなければ、対抗する手立てはないのです。
このような事態を避けるには、やはり佐藤さんの母親のように公正証書遺言を作成し、公証役場で電子管理してもらうのがお勧めです。そうしておけば、紛失や、相続の利害関係者による破棄や隠匿、そして改竄も防ぐことができます。また、公正証書遺言の場合は法律のプロである公証人のもとで作成するため、法的な不備が生じづらく、遺言書の内容が無効になる可能性がかなり低くなります。
自筆証書遺言の場合は、法務局の自筆証書遺言保管制度を活用しましょう。この制度を利用すれば、相続開始時の家庭裁判所での検認が不要になります。
いずれも費用がかかりますが、遺言書を作成する場合は、ぜひこれらの制度の活用を検討してみてください。
(※登場人物の名前は仮名です。守秘義務の関係上、実際の事例から変更している部分があります。)
山村法律事務所
代表弁護士 山村暢彦