対話ですり合わせるべき「3つの領域」
これから具体的な対話の進め方についてお伝えする前提として、まず上司自身が、対話の目的をしっかり理解していることが重要です。
本書『対話型マネジャー 部下のポテンシャルを引き出す最強育成術』では、組織内での対話の目的について次のように定義します。
「従業員の継続的な成果創出、モチベーション向上、成長促進、働きがい向上のために必要な業務・個人・組織に関する諸認識をすり合わせること」
組織の中で働いていくうえで、やりがいや働きがいを感じていくためには、まず自分に課せられた「業務」について成果を上げる必要があります。目の前の業務を全うすることで、周囲からも認められて、自分の自信にもつながります。同時に、継続的に成果を出し続けていくためには、その土台となる「個人」の能力や資質に磨きをかけ、キャリア観など自分の軸をつくっていくことが不可欠です。さらに、所属する「組織」の成り立ちやそこにいるメンバーについて、さらには組織の方向性などの理解を深めていくことが必要です。
この業務・個人・組織の3つの領域について、今後本書では水準や程度を表す「レベル」という表現を用いて説明していきます。
●業務レベル:主に業務から派生するテーマ
●個人レベル:主に個人の成長やライフスタイルに関するテーマ
●組織レベル:主に組織やチームに関するテーマ
対話の目的は、この各レベルの中で上司と部下の諸認識をすり合わせていくことと、各レベル間をつなげていくことです。たとえば、「業務内容やその範囲が適切に理解されているか?」「その業務内容と個人の能力はマッチしているか?」、さらに「その業務の前工程後工程など組織的な効率性を踏まえた動きができているか?」…これらをすり合わせてつなげることは、継続的な成果創出につながっていきます。
また、「個人の将来キャリアと今の業務がどのように結びついているか?」、さらに「その業務が組織のミッションにどのようにつながっているか?」…これらは、モチベーション向上や成長促進につながります。
このように3つのレベルがすり合ってつながっていくほど、所属する組織での働きがいを感じられるでしょう。つまり、自分に与えられた業務の成果を出していくことが、自分の将来に向けた能力開発となり、同時に組織への貢献になっているというたしかな手ごたえを感じられる状態です。まさにその状態こそが、本書を通して目指してほしい姿です。
対話を進めるうえで意識するべき「焦点」と「テーマ」
一方で、「働きがいを上げよう」「モチベーションを上げよう」と意気込んで、失敗してしまうケースも多々あります。働きがいを感じたり、モチベーションが上がるのは結果であり、始めからそこを意識してしまうとなかなか1on1がうまくいかないようです。
そこで、対話を進めるうえで意識するべき「焦点」と「テーマ」について、次のように整理をしていきます。
<3つのレベルにおける対話の焦点>
それぞれのレベルで対話を進めていくときに、ゴールとして意識すべきポイントがあります。
業務レベルの対話を進めていくときに焦点を当てるのは「成果」です。「該当業務がいかに成果につながるか?」、さらにいえば「それがいかに効率的なのか?」という視点で業務について考えていきます。
個人レベルは、個人の「成長」に焦点を当てて考えます。成果や効率との違いは、時間軸を短期ではなく中長期の視点で捉えるという点です。中長期的に、また持続的に結果を出していくための土台をつくっていくようなイメージです。
組織レベルは、主に上司が持っている情報を部下に伝え、組織の方向性について「共感」してもらうことに焦点を当てます。単なる情報を部下の体験と結びつけて、より深い理解へと昇華させられるかがポイントです。
たとえば、「この半期は、コストを圧縮することよりも、売上拡大を目指す。市場シェアを広げていこう」という組織の方針を聞いたとします。そのとき、「なるほど、そうなんだな」という概念的な理解だけではなく、もう一段進んで話をすり合わせることで自分事として考えてもらえるようになります。
「たしかに、最近お客さんのところに行っても、競合のA社や新興のB社やC社の名前がよく出てくるな。競合に勝つのは当たり前と思っていたけど、どうしたらいいかいろいろ苦戦してたもんな。市場のシェアを拡大させるためにも、会社が投資してくれるのはありがたいな」、こんな風に自分事として捉えて共感しながら話ができると、上司と部下の考えがすり合ったといえるのです。
対話すべきテーマがわかる「すり合わせ9ボックス」
ここまで、3つのレベルについて説明してきました。さらに対話するテーマを明確にするために、それぞれのレベルを時間軸で3分割し、9つのボックスで紹介していきます(図表2)。
この「ボックス」という言葉は、それぞれのテーマが人の頭の中の箱に詰まっているイメージを表現しています(図表3)。該当テーマについて対話するとは、その箱を開けて中身を探っていくことです。箱を開けてすぐに答えが見つからないときには、対話を深めてボックスの奥底まで探し求めます。箱の奥には、潜在意識に眠る自分でも気づいていない宝物(資源)がたくさん詰まっています。それを対話によって探していくのです。
すり合わせる9つのボックスの各テーマは次の通りです。
【業務レベル】
●業務不安
現在、部下の抱えている業務不安についての解消や解決がテーマです。顕在化している不安はもちろん、潜在的に抱えているモヤモヤとしたものも具現化していきます。
●振り返り
過去に実施してきた業務の振り返りをテーマに対話します。振り返りを通して部下にいかに語ってもらい内省を促していけるかがポイントです。
●業務改善
将来に向けて、業務の効率化や改善、また未来の業務をテーマに対話します。対話を通して、業務の仕組み改善、部下の業務習熟に向けての情報共有やアウトプットを引き出します。
【個人レベル】
●ライフスタイル
現在の部下のライフスタイルをテーマに対話します。ライフスタイルとは、健康面や趣味、家族のこと、ライフワークなど、部下の人生や生活全般の事柄や、考え方です。雑談的なニュアンスが強くなりますが、上司と部下の相互理解につながります。
●パーソナリティ
過去において部下が培ってきたパーソナリティをテーマに対話します。パーソナリティとは、生まれながらに持つ気質や性格、また後天的に身につけた能力や強み、弱みといった、その人の思考や行動パターンを形成するものです。対話によって部下が自分のパーソナリティを自覚することを後押しし、次のアクションの策定を促します。
●将来キャリア
未来のキャリアをテーマに対話します。将来への道筋を一緒に考えることで、部下が迷いなく業務に集中できる状態をつくります。
【組織レベル】
●人間関係
現在の組織の幹部やチームメンバー、上司自身の状況をテーマに対話します。部下を取り巻く人間関係や上司自身の状況を理解してもらうことで、チーム全体の認識の食い違いをなくして、部下の視野を広げていきます。
●理念・制度・カルチャー
組織の理念や制度など、その歴史やカルチャーをテーマにして対話します。とくに組織の成り立ちやビジョン、価値観など組織のWhy(目指すもの)まで掘り下げて話すことで、「なぜ、こういう制度があるのか?」「なぜ、このような理念なのか?」といった、組織の考えや哲学について、部下との相互理解を深めていきます。
●組織方針
今後の組織方針や全体進捗など、上位階層で行われている議論や問題意識をテーマに対話をしていきます。ここでは、部下が組織とのつながりを理解して、視野を広げ、業務に意味を見出してもらいます。
「型」を使えば、口下手マネジャーでもうまくいく
では、この「すり合わせ9ボックス」を活用するとどのような良いことがあるのでしょうか。ひと言で言うと、「1on1などの対話がとてもうまくいく」ということです。今までマンネリ化や手応えのなさから止めてしまった1on1を、再びこれで継続できるようになるでしょう。ここでは3つのメリットをご紹介します。
【メリット①】部下と組織の関係について網羅的に対話できる
このすり合わせ9ボックスに書かれている1つひとつのテーマは、1on1などの対話をうまく活用しているマネジャーの方々にヒアリングし、まとめたものです。もちろん、多くのマネジャーにとって「このテーマに関しては、すでに話している」というものもあると思います。ですが、この9ボックスの一番の価値は、対話すべきテーマの全体像を俯瞰して見ることができることにあります。これにより、部下と組織の関係について対話すべきテーマのヌケモレがなくなり、網羅的に話ができます。
たとえば、「この9ボックスを見てみたら、業務不安ばかりで、業務の振り返りや能力開発についてまったく話せていないな。そういえば彼は成長実感がなさそうだから、次回の1on1で重点的に業務の振り返りと能力開発について話した方がいいな」といったことに気づくことができます。
【メリット②】上司の「思いつきの語り」が「意図的な対話」に変わる
これは、戦略的マネジメントともいえます。その場の自分の思いつきで話すのではなく、「どの話がすり合っていないのか?」「そのためには、まず部下のどういった話を聞こうか?」というように、戦略的な対話が可能になるのです。
私はマネジャーの方とお話するときに「部下と『意図した対話』を行っていますか?」ということを必ず尋ねます。「はい」と即答できる方にお話を聞いて共通しているのが、自分なりの話しておくべき「型」を持っているという点です。その人なりの全体観を持っていて、「今日はこれについて話す」ということが決まっているのです。
このように、「思いつきの語り」から型を用いた「意図的な対話」ですり合わせを行っていくことで、口下手な上司でも安心感を持って1on1に臨むことができます。一方、部下もこのボックス内容を認識して対話に臨むことで、何の話をしているかがわかり、安心して話すことができ、最後には上司も部下も充実感を持って対話を終えることができます。
【メリット③】対話のテーマが単体で終わらず、つながっていく
対話において困ることは何でしょうか。何を話していいかわからないということもありますが、話し始めれば何とか続きます。問題は、あるテーマの話が終わってしまったときです。話が止まってしまったときに、どうしようか困った経験はないでしょうか。
いくら話すトピックを用意してきたとしても、それぞれの関連性やつながりというところまで考えて質問やテーマを準備できている人は稀です。しかし、9ボックスによって、それが可能になります。9ボックス上の関係性が可視化できるので、各ボックスのテーマのすり合わせだけではなく、ボックス間をつなげる意識が持ちやすいのです。これにより、部下も自分の業務を単体で捉えるのではなく、自身の成長や組織とのつながりを感じることができるようになるでしょう。
世古 詞一(せこ・のりかず)
組織人事コンサルタント
1on1コミュニケーションの専門家
1973年生まれ。千葉県出身。組織人事コンサルタント。1on1ミーティングで組織変革を行う1on1マネジメントの専門家。早稲田大学政治経済学部卒。
Great Place to Work® Institute Japan による「働きがいのある会社」2015年、2016 年、2017 年中規模部門第1位の(株)VOYAGE GROUP の創業期より参画。営業本部長、人事本部長、子会社役員を務め、2008年独立。コーチング、エニアグラム、NLP、MBTI、EQ、ポジティブ心理学、マインドフルネス、ストレングスファインダー、アクションラーニングなど、10以上の心理メソッドのマスタリー。個人の意識変革から、組織全体の改革までのサポートを行う。
著書に『シリコンバレー式 最強の育て方 人材マネジメントの新しい常識1on1ミーティング』(かんき出版)がある。
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