インド現地のルールを理解して行動する
Q.インド企業とビジネスの交渉をしたり、契約を結んだりする際、どんなことに注意すべきですか?
A.MOUへのサインにあまり慎重にならない、相づちを打つつもりで「イエス」を連発しない、といったことに注意しましょう。
インドは日本と同じくアジアの国ですが、ことビジネスに関しては欧米流と考えてください。日本企業が接触する層にはアメリカ留学経験者も多く、経営者はトップダウン式で素早い意思決定をします。日本のようにボトムアップ式で時間をかけて方向性を定めていく過程には、なじみがありません。日本企業の重役が自らインドに出向いて交渉に臨んでいるにもかかわらず、「本社に戻って相談する」などと口にすると、決定権がある人物なのにどういうことかと先方は理解に苦しみます。
日本企業に特に目立つ傾向として、MOU(Memorandum Of Understanding/基本合意書)を交わすのに慎重すぎる姿勢が挙げられます。MOUは双方が了解したという覚書にすぎないので、途中で取りやめにできます。その後の詳細な検討の中で当初の想定通りにいかないと判明すれば、ご破算にすればいいのです。是が非でも続ける義務はないのですが、日本人は一度決めたら最後までやり通さないといけないと考える傾向にあるため、なかなかサインしません。
欧米の経済視察団がインドを訪問すると、必ずといっていいほど大型案件のMOUが成立し、インド側は大喜びします。アメリカ企業のCEOなら、10の案件があれば8、9件までサインするでしょう。もちろん、その後、取りやめになる案件も多くあります。たとえ調査費に1億円かけても見通しが悪いと分かれば中止にしますし、そのまま進めて何十億円、何百億円の損失を出すよりは1億円使ってリスクを回避できたと捉えます。
一方の日本企業では、いったん決めたことを覆すのは非常に困難です。大企業では本社の何部門もの課長、部長、役員などがハンコを押して稟議に長い期間をかけますが、そのようなやり方にインド側はまったく慣れていないと考えてください。視察団を迎え入れてもMOUが成立しないとインド側は手応えを得られませんし、日本側の決定を忍耐強く待つとも限りません。インドの土俵に上がったら、インドのルールを理解し、それに沿って行動するのが基本です。
「進出は容易だが撤退は大変」といわれる中国に対し、インドは進出するのは大変だけれど入ってしまえばそれ以上大変なことはないといわれます。徹底した契約社会で訴訟も多い国であり、トラブルが起きたら司法の判断に委ねることができます。
1997年のことですが、スズキが合弁相手のインド政府を相手取り、国際仲裁裁判所に訴えを起こすケースがありました。マルチ・ウドヨグ(現マルチ・スズキ・インディア)の新社長の指名をめぐる紛争で、その後、裁判所の調停で和解が成立しています。これについてインドの人たちは日本企業に反感を抱くどころか、政府の主張は通らないと話していました。
相槌の「イエス」はトラブルの種に!?
関係する監督官庁の担当部署を、できるだけ味方につける策を練ることもお勧めします。何か問題が起きてから対処したのでは、大変な弁護士費用と時間がかかります。
初めて進出する中小企業の場合は、導入コストを惜しまず、あらかじめ法務・会計事務所やコンサルタントに相談したほうがいいでしょう。代表例を挙げるなら、日本の本社とインド法人との間の移転価格税制の問題があります。日本の親会社の売上までがインドでの売上と見なされ、莫大な額を課税されるケースが起きています。あらかじめインドの税務当局に「こういう形でいきます」と話を通し、事前協議での合意内容を書面に残しておくことも対策の一つです。
英語での交渉については、苦手であっても通訳に任せず、できる限り自分で話をするようにします。こちらの事情、日本的な感覚をあまり理解していない通訳に頼むと、かえって言いたいことが通じず、話が混乱することが多くあります。
英語に自信がないなら、最初に「私は英語力が高くないので、ゆっくり、やさしい言葉で話してください」と言うことです。プライドや恥ずかしさからこれを怠ると、分からない部分を残したまま話が進み、後から行き違いが露呈することになります。
また、インドの人たちは多弁ですが、相づちを打つつもりで「イエス」「イエス」と言うのはやめましょう。承諾したものと見なされ、トラブルの種です。「あのとき、確かにイエスと言った」「承諾したつもりはない」と水掛け論になります。
インドは独立以来、社会主義的経済の閉鎖的な環境に長く置かれ、1991年の経済自由化以降は公営企業の民営化が図られましたが、なかなか成果が上がっていません。インド企業は遅れを取り戻そうと、外資と組んで技術や経営手法の導入、海外販路の開拓などを目指しています。生き残りをかけて良いパートナーを求めているのです。
選挙でも左派勢力は後退してきましたが、手厚く保護されてきた労働者がその権利を手放すのは容易ではありません。解雇がほとんどできず、製造業を中心に新たな雇用、意欲向上を阻む状況にあります。労働者の側にも痛みを分かち合ってもらわないことには、総崩れにもなりかねない――。そんな変革期の只中に、インドはあります。