世界的な一流投資家たちは、みなそれぞれ独自の信念と哲学を有している──。本連載は、金融ジャーナリストであるウィリアム・グリーン氏の著書『一流投資家が人生で一番大切にしていること』(早川書房)より一部抜粋して紹介し、一流の投資家たちの成功哲学を探ります。今回は、型破りな投資家二人組に学ぶ、目先の甘い話に乗らない者が特大の報酬をつかむ理由について、抜粋して紹介します。
「周りの人とはちがうことに心地よさを感じていた。」
そのルーツは、ビクトリア女王が創設した寄宿学校、ウェリントン・カレッジで青春時代を過ごした十代後半にあると本人は感じている。自宅から通っていた数少ない生徒のひとりで、学校生活という枠の外側では「自由に漂う」ことができた。クラスメートのほとんどが160ヘクタールのキャンパス内で過ごす週末に、彼はパブで働いた。「早くから、周りの人とはちがうことに心地よさを感じていた。集団の外が居心地よかった」。
20歳のころ、ロバート・パーシグ著『禅とオートバイ修理技術』(早川書房、めるくまーる)に出会い、とりこになった。禅の指導書であり自伝的小説でもあるこの本は、121人の編集者に出版を断られたそうだが、「質(クオリティ)」にこだわる人生の意味を深く思う、異色だが熱い魅力にあふれていた。
自分の行動や決断の質に強い関心をもち、ごくありふれた日々の行動も精神修養のように、内面の忍耐や誠実、良識、平静を発露する場として、真摯(しんし)に臨む人たちを著者パーシグは称える。椅子を修理する、洋服を縫う、包丁を研ぐなど、何をするにしても、「醜いやり方」と「クオリティの高い美しいやり方」があると説く。
パーシグにとって、オートバイの修理はいまを超越した生き方と働き方を追求するうえで理想的な比喩だ。「修理している現実のオートバイは、自分自身という乗り物である。“そこ”にあるように見える機械と“ここ”にいるように見える人物は別々のふたつの存在ではない。高いクオリティに向かって成長するのも、クオリティから逸れてしまうのも連れ添う存在なのだ」と書いている。
もちろん、ウォール街でのしあがることしか頭にない野心家たちは、こんな、オートバイがどうしたこうしたなんていう話を黙って聞くほど辛抱強くはない。だが、スリープの胸には、パーシグの思想がすっと入ってきた。感情でも倫理面でも論理でも真正面から人生の真髄にアプローチしようとするパーシグの姿勢に打たれ、スリープは自分がなりたい理想の投資家像をつくりあげることができた。
パーシグから受けつづけている影響についてスリープは、メールにこう書いている。「クオリティのあることをなんでもしたくなる。そこには満足と平和があるから」。
その後、めざましい成功を収める
では、投資との関係で見た場合、このことばにどんな意味があるだろうか。2001年に、スリープは友人カイス・“ザック”・ザカリアとともに〈ノマド・インベストメント・パートナーシップ〉というファンドを立ちあげた。ふたりはこのファンドを、投資だけでなく考え方、ふるまい方についても最高の質を追求する実験場としてとらえた。
ユーモアも交えて滔々と語りかける出資者宛ての手紙のなかに、スリープはよくこうした文言を入れている。
「 〈ノマド〉は私たちにとってたんに資金を運用する場ではなく、もっと大きな意味があります。かたちのない、ほとんど霊的ともいえる世界を、理智の力で旅しようとするのです(ふつうの遊牧民(ノマド)とはちがい、ラクダも砂漠もない旅です。もしラクダに乗れたら、ザックは喜ぶだろうけれど) 」
圧倒的なリターンを出さなければ、彼らの高遠な実験には意味がなくなる。13年間の投資実績は、MSCIワールドインデックスが116.9%のリターンだったのに対し、ノマドは921.1%*と、800ポイント以上の大差で勝っている。100万米ドルを投資していたら、MSCI連動型のほうは217万米ドルになり、ノマドのほうは1,021万米ドルに跳ねあがったということだ。
2014年、スリープとザカリアは出資者たちに資金を返し、45歳という人生でいちばん稼げる時期にファンド・マネジャーから退いた。自己資金だけを運用するようになったあともふたりはめざましい成功を収め、5年ほどで自己資金を約3倍にしている。常識とか慣習とかに関心のないスリープは、資産のほとんどを3つの銘柄にしか投資しなかった。スリープとザカリアでふたりの資産の70%を一社に集中させていたときすらある。
*この数字にはノマドの運用報酬は含まれていない。手数料控除前の年平均は20.8%で、控除後はノマド18.4%、MSCIワールドインデックスが6.5%。