世界的な一流投資家たちは、みなそれぞれ独自の信念と哲学を有している──。本連載は、金融ジャーナリストであるウィリアム・グリーン氏の著書『一流投資家が人生で一番大切にしていること』(早川書房)より一部抜粋して紹介し、一流の投資家たちの成功哲学を探ります。今回は、グリーン氏が、ひとりの人間が運営するアクティブファンドとしてはアメリカ最大となる、約1,180億米ドルの資産をもつ巨大ファンドを作り上げたウィル・ダノフ氏にインタビューした際のエピソードを、抜粋して紹介します。
ウィル・ダノフの秘伝のソースとは
フィデリティ・インベストメンツ社のボストン本社でウィル・ダノフにインタビューしたとき、そのシンプルで確固たる投資信条に私は打たれた。
ダノフは前歯のあいだに少し隙間のある穏やかな笑顔と皮肉交じりのユーモアセンスをもつ、温和な仕事人間で、如才ない目立ちたがりではない。全宇宙の支配者(マスター・オブ・ザ・ユニバース)というよりは、寝不足気味でよれよれの中間管理職のようだ。
とはいえ、1990年にフィデリティ・コントラファンドの運用を始めて以来、ひとりの人間が運営するアクティブファンドとしてはアメリカ最大の、約1,180億米ドルの資産をもつ巨大ファンドに成長させた。ほかと合わせて、彼は2,000億米ドル以上を運用している。
巨大ファンドが目標を上回る運用成績を上げ続けるのはかなりむずかしい。だが、2017年にダノフと会ったとき、彼は1、3、5、10、27年間にわたってS&P500指数に打ち勝つという華々しい実績を残していた。私は彼のつくる秘伝のソースのレシピを細かいところまで知りたかった。だが彼は自身の投資哲学のすべてをひとことで言いあらわした。
「株価は利益を追いかける」
この原則に留意しつつ、「5年後に大きく成長している」可能性の高い、「最高の企業」を粘りづよく探しもとめるのだという。それはなぜか?
今後5年間で一株あたりの利益が2倍になる企業があるとすると、株価も(多少の差こそあれ)2倍になる可能性が高いと考えているからだ。このように一般化してしまうと単純すぎてかえって胡散臭く聞こえるかもしれない。だが忘れないでほしい。投資はオリンピックの飛込競技とはちがい、技の難度に応じて審判員が難易率を掛けたりはしない。
「コーヒーの染みがついたボロボロのノート」に書かれていたこと
ダノフは、利益成長の予測に一点集中することにかけては悪びれるところがない。本書に登場する多くの投資家とは異なり、「あまりにも極端な」状況になった場合を除いて企業価値が割安かどうかはあまり気にしない。
「出資者のためにゲームに勝ち、偉大な企業を所有したいか? 偉大な企業を所有するには、相応の負担をしなければならない」
こうした考え方のもと、バークシャー・ハサウェイ(1996年から主力保有銘柄)、マイクロソフト、アルファベット(2004年のグーグルのIPOで最大の投資家のひとりとなって以来、継続
保有)、アマゾン(彼の最大のポジション)、フェイスブック(IPOで最大の買い手のひとり)など、市場を支配し良好な経営がなされている企業で長期にわたり巨大なポジションをつくるに至った。
「とても基本的なこと」とダノフは言う。「私の信条に照らせば、最高の企業に投資するのはあたりまえだから」。
ダノフは、コーヒーの染みがついたボロボロのノートの束を見せてくれた。過去30年間にわたる、何万人という企業関係者との会合記録がまとめてある。とくに気に入っている箇所を開く。スターバックスを世界的なブランドに育てあげたハワード・シュルツとの会合の際、2ページにわたって手書きした記録だった。会合は1992年6月、スターバックスが時価総額2億5,000万米ドルで上場するちょうど一週間前だった。ちなみに最近の時価総額は1,200億米ドルほどだ。
当時のメモを見ながら、ダノフは「あなたに伝えるべきことはすべてここに書いてある。とてつもない事業機会があった」と言った。たとえば、シュルツは当時、イタリアだけで20万軒以上のカフェがあると話している。そのころのスターバックスは139店にすぎない。だがシアトルに本社を置くスターバックスは積極的に他の都市にも進出しており、店舗あたり約25万米ドルという低コストで新しいカフェを次々にオープンしていた。
オープンから3年目には店舗あたり15万米ドルの利益をあげることができた──初期投資の6割に相当する。ダノフは続けた。「だいじなのは、店舗あたりの利益率が非常に高かったことだ。だから、外部資金なしで速いペースで成長できた」。