(※画像はイメージです/PIXTA)

近年では夫婦共働きのスタイルが一般的になって久しいですが、家族のケアの多くは女性に偏りがちです。法律上は「介護は実子」ですが、実際は、夫に代わり妻が「夫の親」を介護しているケースは多く、また、そのためにやりきれない思いを抱くことも少なくありません。事例を見ていきましょう。不動産と相続を専門に取り扱う、山村暢彦弁護士が解説します。

結婚直後に義親が倒れ、介護を余儀なくされた女性

大学卒業後、憧れの仕事に就くことができた陽子さん(仮名)は、結婚後のキャリアプランまでしっかりと思い描いていました。ところが、結婚してすぐに夫の親が倒れたことから、人生設計の大幅な変更を余儀なくされました。

 

結婚当初、夫とは20代の間は共働きで貯金を増やし、30代になったら子どもを…と話し合っていたのですが、30歳を目前に夫の母親が脳梗塞で倒れ、半身不随になってしまったのです。

 

夫の実家はそれなりに資産があり、姑をケアの行き届いた施設に入所させることは可能でした。しかし、問題は舅でした。「家族の世話を他人にやらせるなど恥だ」といって聞く耳を持たず、施設への入所を断固拒否。しかも舅は、家事はおろか、自分の身の回りのことも一切できません。簡単な食事の準備や掃除すらできず、すぐに日常生活が立ち行かなくなってしまいました。

 

夫は陽子さんに頭を下げ、両親の介護と家事を懇願。夫自身も母親に寂しい思いをさせたくないと泣きつきました。陽子さんは家族から押し切られる形で退職し、介護中心の生活に突入しました。

 

夫は仕事が多忙で帰宅が遅く、休日も不在がちで、陽子さんはずっと孤軍奮闘。10年後に姑が亡くなり、姑の介護中にも舅が要介護状態に。舅が亡くなったのは、姑が亡くなってから5年後でした。陽子さんの介護生活は15年に及び、陽子さんは体も心もクタクタでした。

 

「毎日やることがいっぱいで、あっという間に時間が過ぎてしまいました。その間、私の両親も亡くなりましたが、お見舞いに行く暇もほとんどなくて…」

 

夫には、嫁いだ妹がひとりいます。姑が倒れた当初は、子育てが忙しいといって介護には参加しませんでした。しかし、それから数年後、妹は子どもを連れて離婚。今度は自分の生活が大変という理由で、やはり介護のサポートはありませんでした。

「だれがあなたの両親を介護したと思ってるの!?」

舅の四十九日を過ぎたころ、陽子さんの夫と妹は遺産分割の話し合いをもちました。

 

陽子さんは、義妹が一切の介護をしなかったとはいえ、生活の大変さを訴える妹にはそれなりの遺産を渡すことになるだろうと覚悟していました。しかし、予想を超える展開になったのです。

 

「お兄ちゃん、私、子どもたちを抱えて本当に大変なの」

「わかってるよ。大丈夫だ、親父の財産は全部おまえにやる」

 

その会話を聞いた陽子さんは言葉を失いました。

 

それからしばらく、夫と義妹は和やかに談笑し、義妹は帰宅していきました。

 

義妹の帰宅後、陽子さんは夫に詰め寄りました。

 

「よく簡単に〈全部お前にやる〉なんて言えるわね、だれがあなたの両親を介護したと思ってるの!?」

 

「なんでそんなに怒るんだ。うちは普通に暮らしていただけじゃないか。子どもを抱えて働くのは大変だ。家族が守ってやらなくてどうする? 君は働いていないからわからないだろうけど…」

 

「なんですって!?」

 

「僕たちは残念ながら子どもはいない。だから、この家も妹たちにやって、僕たちはどこか小さいマンションにでも…」

 

陽子さんは夫とのやり取りから「この人は私の苦労を何もわかっていないのだ」と絶望しました。そして、猛烈に悔しさがこみ上げ、疲れ果てた心身に鞭打ち、ネット検索で探した法律事務所へと、まさに全力で駆け込んだのです。

夫と義妹に「介護の大変さ」を理解してもらうのは無理

陽子さんは、自分に遺産の相続権がないことは当然理解していましたが、相続人でなくても、介護等に尽くした親族が資産の一部をもらえる「特別寄与料」というものがあることを、知識として知っていました。

 

「自分が費やした月日はなんだったのでしょうか。本当に悔しいです。いまは夫の両親を介護した妻にも〈特別寄与料〉が認められると聞いています。せめてそれをもらうことで、介護の大変さをはっきりわからせたい…」

 

しかし、弁護士の回答は思っていたものと異なりました。

 

「確かに、介護に尽くした相続人の妻には〈特別寄与料〉の支払請求権が認められるようになりましたが、立場的には相続人ではありませんから、相続自体はできません。あくまでも、遺産を相続した相続人に、金銭の支払いを求める権利が認められているだけなのです」

 

そもそも、介護を介護とすら認識していない夫と義妹に、法的な手続きもなく、特別寄与料を支払ってもらうのは無理。

 

そのように感じた陽子さんは、再び絶望し、体から力が抜けました。

 

陽子さんが抜け殻のように過ごしている間、夫と義妹は相続関連の手続きをどんどん進めていきます。

 

数週間後、陽子さんは夫に離婚届を突きつけました。

 

「介護のために憧れだった仕事を辞め、自分の両親の世話もできませんでした。家族のためと思ってここまで来ましたが、あの夫と生きていくのはもう無理です…」

 

介護は子育てと違い、終わりが見えません。人生にもたらす影響を考えると、特定の家族だけに押し付けて、ほかの家族が素知らぬ顔をするのは、あまりに無責任であり、非情だといえるのではないでしょうか。

 

いまの時代はちょうど、古い価値観と新しい価値観が交錯している状態だといえます。共働きが当たり前となり、子どもの教育費の高額化、老後資金の懸念などを持つ世代を、過去の価値観や家族観で縛り付ければ、軋轢が生じるのは当然です。

 

家族ひとり一人の幸せを考えるためにも、社会保障の活用はもちろん、日々、自身の価値観をアップデートすることも大切なのです。

 

(※守秘義務の関係上、実際の事例と変更している部分があります。)

 

 

山村法律事務所
代表弁護士 山村暢彦

 

 

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