「暖房をつけてください」との要望、すぐに聞くべきでない理由
講義の最中、ひとりの学生が「部屋が寒いから暖房をつけて下さい」といったとしても、ただちに暖房をつけるべきではありません。暖房をつけたとたん「暑いから暖房を入れないで下さい!」というブーイングが発生するリスクがあるからです。
空調に不満を持っている学生は声をあげますが、空調に満足している学生は黙っています。わざわざ手を上げて「先生、いまの空調は快適なので、維持してください」などとはいいませんから。
昔、経済にくわしくない政治家が失敗した話をご紹介しましょう。
あるとき、選挙区の高齢者から「金利が低すぎて、我々金利生活者は困っている」という陳情を受けました。そこで「金利を上げるべきだ」と記者会見したのです。
金利を決めるのは政治家ではなく日銀総裁なのですが、その点はさておき、なんと翌日、選挙区の中小企業が「ふざけるな」と怒鳴り込んできたのです。中小企業は金利が安いことで助かっていたわけですが、わざわざ「いまの低金利で助かっているので、金利を上げないで下さい」などと陳情に来ることはありません。そこで政治家は、低金利に満足している中小企業の存在に気が回らなかったのでしょう。
政治家としては、なにかを変えようと考えたとき、反対運動に怯むことも多いでしょうが、反対運動をしていない人は変更に賛成なのかもしれません。たとえば農産物の輸入自由化法案が提出されたとすれば、農家は猛烈な反対運動をするでしょうが、農家以外の人は黙っているかもしれません。「農産物の輸入が自由化されれば食料が安くなって嬉しいけど、わざわざ政治家に輸入自由化を陳情しに行くのは面倒だ」と思っているかもしれないからです。
不満を口にする人がいたときに、「黙っている人も同じ意見だろうか?」と考えてみることは重要です。「言うは易く行なうは難し」ですが。
パチンコ店の客の多くが、ホクホク楽しんで見えるワケ
パチンコ店やカジノに入店すると、店のなかの客は満面に笑みを浮かべているかもしれません。きっと大いに儲かっているのでしょう。それを見て筆者が「この店は客に優しいようだ。自分も一儲けしよう」と考えて遊び始めると、高い確率で負けることになるわけです。
その店には、朝から1000人の客が来て、990人は負けて帰宅し、運よく勝っている10人だけが店に残っているのです。そんな店で筆者が遊びはじめても、991人目の負け客になる確率の方が11人目の勝ち客になる可能性よりはるかに高いでしょう。
冷静に考えれば、本当に客に優しい店は倒産しているでしょうから、生き残っている店が客に優しいはずはないのですよ(笑)。
パチンコやカジノで負けるくらいなら構いませんが、勘違いで人生を誤ることがないように気をつけたい(若い人に気をつけて欲しい)と思います。その意味で危険なのは、起業して成功した実業家が若者に向かって「きみたち、サラリーマンなんかつまらないよ。起業して私みたいな金持ちを目指しなさい。夢を持とうよ」などと演説をすることです。
演説をしている本人は親切のつもりでしょうが、聞いている学生は「起業すれば金持ちになれるのか。自分も起業しよう」と考えてしまうかもしれません。起業して失敗して破産した人は、わざわざ学生の前で「君たち、起業は危険だからサラリーマンになりなさい」などと演説したりしませんから。
進路指導担当者としては、「起業して失敗して破産した人も大勢いるが、それがわかった上でなお起業したいのか、よく考えてごらん」というべきなのでしょう。ちなみに、学生が「それでも起業したい」といった場合に応援すべきかは微妙です。本人が自分の能力を過大評価している場合もありますし、「就職活動が面倒だから、進路指導担当には起業するといっておこう」という学生もいるでしょうから(笑)。
商品へのクレームに応え続けた結果、本来の魅力が損なわれ…
顧客からのクレームを製品改良に役立てようという会社は多いと思いますが、やりすぎないことも大事です。
あるメーカーには「お前の会社の製品を買ったら、すぐ壊れた」というクレームが寄せられました。誠実なメーカーはお客様の声に従い、壊れにくい頑丈な製品を作ったところ、結果的に商品は重たくなり、そしてデザインも武骨なものとなって、従来のファンが離れてしまったのです。
問題は、重くてデザインが悪いから買わなかったという客は、わざわざクレームして来るわけではなく、黙って他社製品を買う、という点です。本来であれば、他社製品を買った客に「どうしてわが社の製品を買ってくれなかったのですか」と聞きたいところですが、それがむずかしいならば、他社製品を買った人の気持ちを推測してみるといいでしょうね。
インバウンド需要を伸ばすために、外国人観光客に大いに来日してもらいたいところですが、そのためには日本に来た外国人に「日本の良いところ、悪いところ」を聞くだけでなく、日本以外の国を旅行している観光客に「なぜ日本ではなく、その国を選んだのか」を聞いてみることも重要でしょう。観光庁が、そんなアンケートをとってくれるといいのですが。
今回は、以上です。なお、本稿はわかりやすさを重視しているため、細部が厳密ではない場合があります。ご了承いただければ幸いです。
筆者への取材、講演、原稿等のご相談は「ゴールドオンライン事務局」までお願いします。「THE GOLD ONLINE」トップページの下にある「お問い合わせ」からご連絡ください。
塚崎 公義
経済評論家
【関連記事】
■税務調査官「出身はどちらですか?」の真意…税務調査で“やり手の調査官”が聞いてくる「3つの質問」【税理士が解説】
■月22万円もらえるはずが…65歳・元会社員夫婦「年金ルール」知らず、想定外の年金減額「何かの間違いでは?」
■「もはや無法地帯」2億円・港区の超高級タワマンで起きている異変…世帯年収2000万円の男性が〈豊洲タワマンからの転居〉を大後悔するワケ
■「NISAで1,300万円消えた…。」銀行員のアドバイスで、退職金運用を始めた“年金25万円の60代夫婦”…年金に上乗せでゆとりの老後のはずが、一転、破産危機【FPが解説】
■「銀行員の助言どおり、祖母から年100万円ずつ生前贈与を受けました」→税務調査官「これは贈与になりません」…否認されないための4つのポイント【税理士が解説】