“ビフテキ、うまそう”…「菜食主義」も中途半端だった
また賢治は菜食主義を貫こうともした。きっかけは、盛岡高等農林学校にいた頃で、牛の解体実験を見てから、肉食をやめるべきだと考えたようだ。研究生になる頃には、徹底したベジタリアンとしての思想を持っており、親友への手紙でこんな問いかけをした。
「酒を飲み、常に絶えず犠牲を求め、魚鳥が心尽くしの犠牲のお膳の前に不平を言う。これを命とも思わないで、まずいのどうのと言う人たちを、食べられるものたちが見たらどう言うでしょうか」
“燃えるような生理的な衝動を感じない”…あっさりベジタリアンをやめた
賢治は精進料理や、粥や焼き芋、ゆでたジャガイモなどを食べながら、ベジタリアンであろうとしたが、結局は肉食をやめることはできなかった。賢治は「私の感情があまり冬のような具合になってしまって燃えるような生理的な衝動を感じない」と言うと、あっさり肉に手を出している。
花巻農学校で教師をしていた頃には、普通に肉を食べるようになっていたようだ。校長のでかいビフテキ弁当を見て、賢治は同僚にこうこぼしている。「われわれも、いっぺんでも、ああいうものをお昼のお弁当に食べたいものだ」
独身主義でありながら時には結婚を考えて、菜食主義でありながら「肉食べてえ」ともだえる賢治。晩年には禁欲主義さえも揺らいでいた。賢治は友人に、男女が絡み合う浮世絵のコレクションを見せながら、こう嘆いたという。
「禁欲はけっきょく何にもなりませんでしたよ。その反動がきて私は病気になったのです」
ストイックな賢治すらも、自分との約束事から逃げてしまうことがある。だから、たとえ自分の主義が貫けなくても、がっかりすることはない。大切なのは、逃げてしまう自分を受け入れて、それでもなお前を向いて、自分に期待し続けること。
「今度こそは大丈夫」「あ、やっぱりまたダメだった」……そんなことを繰り返しながら、少しずつ上向いていくのが、人生ではないだろうか。賢治もきっと応援してくれるはずだ。
真山 知幸
著述家、偉人研究家
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