-----------------------------------------------
読者は、大げさだと思うかもしれない。しかしながら、今後の30年間、無策と先送りに終始するのなら、人類は新たな「心臓」をつくり出すことができずに、「《心臓》なき《形態》」へと迷い込む。そこでは、自分たち自身が生み出す3つの脅威が具体化し、人類は身を守る術を見出すこともなく一掃されるだろう。
-----------------------------------------------
2050年ごろに顕在化する「人工化」の脅威
これまでに述べたように、歴史の転換点ごとに新たな人工物が開発され、人間はさらなる手段を得てきた。われわれは、自然、動物、植物、そして人間自身が人工化される段階まで辿り着いた。もし、人間が人工化されるのなら、人類は、人工物を製造する人工物の集合体になるだろう。
すでに述べたように、このような人工化は(世界が10番目の「形態」に向かうにせよ「心臓」なき「形態」に向かうにせよ)、当初は他愛のない形で現れる。つまり、経済の生産性を高め、サービスのコストを削減するためだ。だがその後、きわめて侵襲的になる。
健康管理の人工化
まずは、診断、予防、治療、痛みの緩和を可能にする技術が広まる。「自己監視」によって、誰もが自身の健康を、さらに多くの側面から常時監視できるようになる。人工知能を用いる遠隔医療が可能になり、誰もがどこでも待たされることなく診断および治療を受けられるようになる。
遺伝子操作は、急速な発展を遂げる。各人のゲノム情報を読み解くことによって、その人の健康リスクを正確に予測し、個別の予防策を講じることが可能になる。RNA(リボ核酸)を利用するワクチンや心疾患などの慢性疾患の治療法が開発される。そうなれば、医療組織全体に激震が走るだろう。だが、この激震に対する備えはできていない。
老化の生物学的な解明が進み、行動規範の遵守を課すことによって、老化を止めることはできなくても、遅らせることは可能になる。
遺伝性疾患のリスクをなくすという名目で、生殖細胞の遺伝的改変が始まる。移植手術のための臓器を確保するという名目で、遺伝的に新たな哺乳類が開発される。
究極的には、神経ネットワークに関する新たな知見を利用して、脳の人工化が試みられる。当初の目的は、アルツハイマー型認知症などの神経変性疾患の治療だが、次第に人間に近い脳をロボットに搭載し、さらには、従順な人間を製造することになる。
このようにして人類はハイブリッド型のキマイラ〔ライオンの頭、ヤギの胴、蛇の尾を持ち、口から火を吐くギリシア神話の怪獣〕への道筋を歩むことにもなる。
クローン人間の製造も視野に入る。自分の意識をクローン人間に植え付けることも、可能になるだろう。欲望、少なくとも悪事に対する欲望のない人間の製造が試みられる。それとも逆に、無慈悲な殺人鬼がつくり出されるのかもしれない。
教育の人工化
財源不足と人口の増加のため、質の高い教育を受けることができるのはハイパーノマドと上位中流階級の子供たちだけという傾向が、今日よりも強まる。定住民とノマドを含む人類全体の3分の2は、実際の学校に通うことができず、オンライン授業(文化、言語、年齢に関係のない国際的なカリキュラムを採用)を受ける、あるいは宗教原理主義者の餌食になる。宗教原理主義者は、独自の方法で大勢の人々を教育し、彼らを支配する。またしても、こうした事態に対する準備は、まったくできていない。
その後、記憶力を高めるために脳に人工物を埋め込む時代が訪れる。平常心、集中力、知的能力を向上させるという口実のもと、他者の精神状態を読み取ることによって、相手の思考に入り込む。このとき、思考を伝達することによって、脳が操作される。脳の計算能力を高めて自意識を把握するという口実のもと、脳のデジタル・コピー版が開発される。こうして、脳と人工物のハイブリッド型知性の時代が訪れる。人間の介入なしに自律的に意思決定をする人工知能を搭載する人工物の用途は、さらに拡大する。このような事態を事前に予見し、対策を講じておかないと、これらの人工物が製造者である人類に反旗を翻すことも考えられる。
情報の人工化
ジャーナリズムの新たな形態が誕生する。紙の新聞、テレビ、ラジオ、書籍は減り続ける一方、ポッドキャスト、プラットフォーム、ビデオゲーム、ヴァーチャル世界、ホログラム、クローンは、増え続ける。簡単な指示によって情報を生み出したり、大量のデータを自動的に解析してあらゆる分野の予測を常時提供したりできるようになる。
チャットGPTのバージョンが25になるころには、作家、ジャーナリスト、哲学者には、大した仕事が残されていないだろう。
現実の出来事と見間違うような興行が増える。個人の興味に沿うため、さまざまな興行が催される。メディアは、これらの興行への大衆の依存度を高める環境をつくり出す。こうした観点から、映画は、ライブの興行、芸術、スポーツイベントよりも脅威にさらされる。
人間関係の人工化
人間関係にヴァーチャルなものが入り込んだのは、郵便によって長距離コミュニケーションが始まったときからだ。今日、ヴァーチャルなコミュニケーションにより、あらゆる人間関係が可能になった。たとえば、一人あるいは複数の同僚と遠隔で仕事をする、一人または複数の友人、一人あるいは複数の性的パートナー、一人あるいは複数のある程度長続きする愛人を遠隔に持つことなどだ。
ホログラムを使うようになると、人間関係のこうした選択はさらに極端になる。ホログラム自身が、人間の仕事、友情、恋愛、政治に関与するようになる。ホログラムというヴァーチャルな存在は、独自の人格、情熱、愛、気まぐれ、倒錯を持つ。ホログラムは人間の会議に出席し、人間に代わって判断をくだす。ロボットが人間を雇うようになる(すでにそうなっている)。
権力の人工化
いつの時代も、服従(しばしば隷属という喜び)と引き換えに安全を提供する者が権力を握る。これまでに紹介した人工化は、権力の人工化のための準備だ。安全に関するあらゆる種類の保障は、コスト削減のために自動化される。予防、すなわち予測と権力者の定める規範に準じた要求の基準は、大幅に引き上げられる。すでに語ったように、私が「自己監視」と呼ぶ新たなツールにより、病気、能力低下、違法行為などは、予測可能になり、誰もが権力者の課す規範の遵守を、測定、予測、管理できるようになる。こうして全員が、行政官、医師、教師、警察官の助手のような存在になる。「自己監視」ツールにより、個人の砂糖摂取許容量や、排出可能な二酸化炭素量まで管理可能になる。
情報開示が義務になり、身元、履歴、健康状態、学歴、職歴を隠そうとする者は、先験的に疑わしい人物と見なされる。実際に犯罪を実行する前であっても、危険人物として扱われる。
権力のおもな特性は予測することであるため、世界を支配するのは予測マシーンになる。人間が遵守しなければならない規範を定めるのは、予測マシーンだ。聖職者に代わって兵士、兵士に代わって商人となったように、商人に代わってマシーンが権力を握る。マシーンは人類を支配するだけでなく、消滅させることさえできる。
これらの人工化が進行すると、2つの甚大な影響が生じる。その素地はすでにできている。
人工化の進行がもたらす「2つの甚大な影響」
【①現実とヴァーチャルの融合】
量子コンピュータの開発により、現実とヴァーチャルの融合は今日よりもはるかに早くできるようになり、両者を区別することは、ますます困難になる。ホログラムやメタバースの現実味は、さらに増す。次に、触覚や嗅覚をヴァーチャル化することにより、拡張現実から本物にきわめて近い現実へと移行する。認知症などの神経変性疾患のために開発された脳に埋め込む人工物は、人々の脳に偽の記憶を植え付けるために利用される。最終的には、現実は、ヴァーチャルと人工物の誘惑、威力、信頼性と比べ、偽物と見なされるようになる。
【②生物と人工物の融合】
生物そのものが徐々に人工化される。まず、機械式のロボットが飛躍的に進歩し、人間の行動を身体的にも心理的にも模倣するようになる。そして義肢(ぎし)によって、機械的にもデジタル的にも拡張された人間から、人工物の埋め込みによって、遺伝的に拡張された人間になる。チップの埋め込みと生物学的な修正との区別が曖昧になる。人間が女性の体外で製造されるようになると、男女の区分が不明瞭になり、無数の亜種が登場する。
ペット、家族、歴史上の人物は、それらに関する情報を基に、まずはホログラム、次に遺伝子操作によって蘇る。
1975年のアシロマ会議や1997年のオビエド条約によって生殖細胞の遺伝的改変が禁止されているのにもかかわらず、誰でも自己修復ができるようになり、自分のコピーをつくる。最後は自己をクローン化し、クローンと自分自身の判別がつかなくなる。
2050年の時点では、人間の知性メカニズムの理解および模倣、不老不死、人間の意識の人工的な再現、自意識のクローンへの移植はまだ不可能でも、人間の外観を持つ生身の超人は出現しているだろう。あるいは、労働者、使用人、奴隷として使用可能な産業オブジェは市販されているだろう。いずれにせよ、人類は、人工物の奴隷になっているかもしれない。
こうした生命の人工化は、不条理なディストピアではない。著書『世界の取扱説明書』では、作用する力が目的を成し遂げるという仮定で未来像を描いている。これまで紹介したように、これは2万年前に始まったサービスの人工化の歴史の一部であり、性欲と生殖を分離する膣外射精などによって受胎の仕組みが判明して以来始まった生命そのものの人工化に向けた長い進化の過程の一部だ。すなわち、煎じ薬、中絶、コンドーム、ピル、体外受精、生殖補助医療、代理母出産、ゲノム編集技術、メッセンジャーRNAと体細胞の改変、未熟児の保育技術、人工子宮などだ。
次に、遺伝性疾患の遺伝を避ける、あるいは生まれてくる子供の身体的な特徴を選択するという口実のもと、ヒト胚の遺伝情報の改変が行われる。さらに、子供は自然な生殖過程を一切経ずに母体外で誕生するようになる。そうなれば、人間は単なる人工物にすぎなくなる。こうした状況は、単なる妄想ではない。
人類が気候変動という自殺行為や戦争による絶滅を逃れるとしても、誰もが不老不死になろうとしている間に、人類という生物種は消滅する。
すでに始まっている、人類「自滅」へのカウントダウン
これらすべては、夢物語ではない。人類史には、無意識だったにせよ、自殺行為におよんだ民族や文明の例がたくさんある。オデュッセウスの立案した木馬をトロイの城内に運び込ませたトロイア人の判断、ナチズム、イースター島の森林伐採、マヤ人の耕作地の破壊など、間違い、先延ばし、無知、指導者やイデオロギーへの陶酔により、これまで数多くの強靭で傲慢な文明が、自分たちに悪影響をおよぼす恐れのある事象を無視した結果、消滅してきた。
今回、危機にあるのは、太平洋の孤島でも、小アジアの沿岸部にある忘れ去られた町でもなく、人類全体だ。人類は、無分別と先延ばしによって絶滅するかもしれないのだ。
1942年2月に民主主義の勝利を確信できなかったために自殺したシュテファン・ツヴァイクや、将来の課題に立ち向かうよりも自殺を選択する今日のアメリカやヨーロッパの若者のように、「気候」「超紛争」「人工化」という3つの脅威は、人類を自殺に追い込む恐れがある。
しかしながら、最悪の事態に見舞われると決まったのではない。方針を抜本的に転換するのなら、人類全員にとって明るい未来が訪れる。
【著】ジャック・アタリ(Jacques Attali)
1943年アルジェリア生まれ。フランス国立行政学院(ENA)卒業、81年フランソワ・ミッテラン大統領顧問、91年欧州復興開発銀行の初代総裁などの、要職を歴任。
政治・経済・文化に精通することから、ソ連の崩壊、金融危機の勃発やテロの脅威などを予測し、2016年の米大統領選挙におけるトランプの勝利など的中させた。
林昌宏氏の翻訳で、『2030年 ジャック・アタリの未来予測』『海の歴史』『食の歴史』『命の経済』『メディアの未来』(プレジデント社)、『新世界秩序』『21世紀の歴史』、『金融危機後の世界』、『国家債務危機――ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?』『危機とサバイバル――21世紀を生き抜くための〈7つの原則〉』(いずれも作品社)、『アタリ文明論講義:未来は予測できるか」(筑摩書房)など、著書は多数ある。
【訳】林 昌宏
1965年名古屋市生まれ。翻訳家。立命館大学経済学部卒業。
訳書にジャック・アタリ『2030年ジャック・アタリの未来予測』『海の歴史』『食の歴史』『命の経済』『メディアの未来』(プレジデント社)、『21世紀の歴史』、ダニエル・コーエン『経済と人類の1万年史から、21世紀世界を考える』(いずれも作品社)、ボリス・シリュルニク『憎むのでもなく、許すのでもなく』(吉田書店)他、多数。
2025年2月8日(土)開催!1日限りのリアルイベント
「THE GOLD ONLINE フェス 2025 @東京国際フォーラム」
来場登録受付中>>
注目のセミナー情報
【税金】11月27日(水)開催
~来年の手取り収入を増やす方法~
「富裕層を熟知した税理士」が考案する
2025年に向けて今やるべき『節税』×『資産形成』
【海外不動産】11月27日(水)開催
10年間「年10%」の利回り保証
Wyndham最上位クラス「DOLCE」第一期募集開始!
【事業投資】11月28日(木)開催
故障・老朽化・発電効率低下…放置している太陽光発電所をどうする!?
オムロンの手厚いサポート&最新機種の導入《投資利回り10%》継続を実現!
最後まで取りつくす《残FIT期間》収益最大化計画