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私の推論を要約すると、最も可能性の高い未来は次の通りだ。生産、交換、商売によって生み出される富の蓄積を司るのは、依然として商秩序だ。商秩序は、地政学、政治、価値観を支配し続ける。第9の「形態」は崩壊する。アメリカは第9の「形態」を維持しようと試みるが、失敗に終わる。2050年のアメリカは、経済、地政学、文化の面で支配的な勢力ではなくなり、第10の「形態」が登場する。
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第9の「形態」崩壊後、新たに権力を握るのは?
では、10番目の「心臓」(=商秩序における中心都市)はどこなのだろうか。
■2050年のアメリカはGDP第4位
化石燃料の利用形態や、消費財を中心とする経済成長の原動力に変化がないと仮定し、各国の経済成長率を考慮して各国の経済力をGDP(購買力平価)で計測すると、2050年の世界ランキングは、中国、インド、アメリカ、インドネシア、ブラジル、ロシア、メキシコ、日本、ドイツ、イギリスの順になる。ちなみに、恒常ドル換算のGDPのランキングは少し異なり、中国、インド、アメリカ、インドネシア、日本、トルコ、ドイツ、ブラジル、ロシア、メキシコの順になる。EUをこのランキングに加えると、第4位になるだろう。別のランキングでは、中国、インド、アメリカ、日本、ドイツ、イギリス、ナイジェリア、インドネシア、フランス、トルコの順だ。
1人当たりのGDPのランキングも、今日と大きく異なる。韓国、アメリカ、EU、ノルウェー、スイス、オーストラリア、アイスランド、チェコ、カナダ、オーストリア、オランダ、中国、スウェーデン、イギリス、日本、ドイツ、ベルギー、イスラエル、フィンランド、ロシア、カザフスタン、デンマーク、フランスの順だ。ただし、このランキングには、産業が産油やタックスヘイヴンだけの国は含まれていない(例:カタール、クウェート、シンガポール、ルクセンブルク、バーレーン、香港、アラブ首長国連邦、台湾、マカオ)。
このとき、「心臓」はアメリカのどこかの地域に位置しているかもしれない(そうなれば四度目になる)。
アメリカの軍隊は、まだ世界最強だろう(新たなタイプの武器が開発される。これについては後ほど述べる)。アメリカは、太平洋地域とオーストラリアに海軍を配備しているだろう。アメリカのデジタル産業は引き続き繁栄し、事務仕事の自動化に必要なほとんどの技術を支配し続ける。
アメリカの人口は3億7500万人になり、その80%が65歳未満だ。今日と同様、移民受け入れはアメリカの活力だ。
アメリカのGDP(購買力平価)は、およそ40兆ドルになる。これは世界シェアの15%に相当する(2023年は23%)。1人当たりのGDP(購買力平価)は、それでも韓国に次いで世界第2位であり、2023年と比べると70%増加している。
■「10番目の心臓」がアメリカ内に宿っても、アメリカは“帝国”を維持できない
4つめの「心臓」になる可能性があるのはテキサスであり、テキサスの人口はおよそ4000万人になる。テキサス州ヒューストンがアメリカ最大の港になる。すでに将来性のある大企業は、ヒューストンに拠点を置いている。オラクル、テスラ、ヒューレット・パッカードなどのシリコンバレーの大企業も、ヒューストンに移転している。また、有能な人材や投資を呼び込むために尽力しているマイアミも「心臓」の候補だ。
しかしながらこのシナリオでは、アメリカは、環境、宗教、社会、民族、政治などの面で深刻な問題に直面する。
アメリカ軍は世界最強の座を明け渡す。たとえば、現在の計画では、2050年の軍艦の数は、今日よりも60隻多いだけの350隻だ。これは、中国の計画する増隻数を大きく下回る。
アメリカは、未来の技術の牽引役でなくなる(例:医療、教育、娯楽、治安などのサービスを人工化する際にきわめて重要な人工知能)。
アメリカでは、武器と薬物の使用が増え、治安が極度に悪化する。とくに、アメリカの多くの若者は、薬物の使用によって身を滅ぼす。
教育と医療の利用面での不平等、社会的少数派の排除、地域間格差、国内(西海岸、中部、東海岸)のイデオロギー面での分断、人口の少ない州に権力を集中させるという政治制度面での不平等などが原因になり、一部のアメリカ人は、国の分割や非民主的な政府の確立といったアイデアを唱え始める。
いずれにせよ、警察官、裁判官、刑務所、貧困層への補助金、依存症回復支援施設が、さらに必要になる。
アメリカの公的債務は、対GDP比で200%になる。ドルは基軸通貨ではなくなり、国際貿易の決済において占める割合は、現在の3分の2から半分になる。
さらに、このシナリオでは、猛暑日の頻度は、今日の7日に1日から3日に1日になる。4日に1日は火災が発生し、アメリカ人口の4分の3が火災の影響を蒙る。また、深刻な水不足に苛まれる。
アメリカ政府が帝国維持のために自国の法律を外国に押し付けるなど、あらゆる手段を講じたとしても、実権を握るのはアメリカ政府ではなく、プライベート・エクイティ・ファンドやデータ管理会社だ。彼らは、今日よりもさらに多くの富を手中に収め、多くの分野で社会的な規範を課し、政府の要求に従わなくなる。
結論として、アメリカは国内に問題が山積し、世界の警察官であることを断念せざるをえなくなる。アメリカはイギリス(非常に大きなネットワークを持ち、自国の言語、大学、メディア、市民社会に宿る影響力を駆使する)をはじめとする忠実な同盟国(あるいは属国)を頼りにするが、ロシアや中国などの敵がおよぼす直接的な脅威にしか、対応しなくなる。
多くの専門家は、10番目の心臓は「中国」に宿ると見るが…
この10番目の「形態」において、次の「心臓」を迎え入れるためのすべての条件が揃っているのが中国だ。今日、多くの人々は、この見方を当然視している。
■2050年、中国は世界第1位の経済大国へ。未来技術の牽引役としても圧倒的な存在感
2050年、中国の軍事力はアメリカに迫る。大方のシナリオでは、中国共産党は、国民の欲望や怒りを敏感に察知しながら依然として権力を維持する。
中国は、現在の経済成長率(年率4%)を維持すれば、2050年には世界第1位の経済大国になっているだろう。中国のGDPは、2020年のおよそ3.2倍のおよそ580億ドルだ(2016年の恒常ドルの購買力平価換算)。中国のGDPの世界シェアは、20%から25%くらいになる。北京大学教授のゾン・ウェイは、「2035年から2050年にかけて、中国の経済力は、秦と漢の時代〔紀元前905年~220年〕とほぼ同じ水準に達するだろう。中国のGDPの世界シェアは、1840年までと同様の25%から40%になる」と予測する。1人当たりの所得は、ほぼ3倍になっている。
中国の産業は、未来の主力テクノロジーの牽引役になる。たとえば、人工知能や遺伝学だ。中国企業はこれらのテクノロジーを発展させる際に、プライバシーに関する規則を遵守することなく国内の莫大なデータを利用する。人工知能を搭載するカメラにより、背後からでも人物を識別し、人物の行動や体温の急激な変化を分析し、生徒や労働者の集中力を常時監視する。さらには、脳神経の動きから「潜在的な犯罪者」を見つけ出す。
このシナリオでは、中国は科学雑誌の論文掲載数で世界第1位の座を維持する。また、巨大な国内市場と世界市場において、消費、流通、工作機械、ロボット、再生可能エネルギー、未来の財などにおいて、圧倒的な存在感を示す。そして世界に先立ち、医療、教育、治安などのサービスを自動化させる。
中国のレアアースの生産量は、世界シェアにおいて依然として断トツだろう。
中国の五大都市は、上海、北京、広州、深圳、成都だ。レアアース生産との関連で内陸部にいくつもの巨大都市が開発される。中国の港は引き続き、世界ランキングの上位に位置する。
中国は韓国のソフトパワーを真似て、自国のSNS、映画、音楽を通じて、世界に大きな影響をおよぼす。今日、中国のSNSであるティックトックは、中国人以外の若者に対して中国のイメージを向上させようとしている。
西側諸国とロシアとの戦争は、またしても紛争から距離を置いた国に有利に働くだろう。中国はロシアをはじめとする隣国よりも優位になり、30年後には、ロシアの領土の一部を併合することも考えられる。いずにせよ、中国とロシアは、西側諸国にとって恐るべき敵になるだろう。
■それでも中国が「心臓」になれない理由
しかしながら、多くの専門家と異なり、私は、2050年に中国が世界の経済と政治の「心臓」を迎え入れるとは思わない。第一に、「心臓」になるには、イデオロギー、外交、金融、経済、軍事の面で、世界を支配しなければならないからだ。ところが、これまで中国はバランスの取れた多国間主義に関心を抱かず、自国中心主義の「中華帝国」で満足してきた。また、中国文化は西洋文化と異なり、普遍主義ではない。
2035年、現在の傾向に変化がなければ、中国は食糧の35%をアフリカやラテンアメリカから輸入する。食糧供給の安定確保が、きわめて重要になる。よって、派兵まではやらないにしても、アフリカ、ラテンアメリカ、ロシア、ヨーロッパの農地、そして農産物の輸送拠点になる外国の港を支配するようになる。
今後、中国の人口動態は破滅的な状況に陥る。人口は減少し始め、2050年には13億人になり、その後、さらに急減する。人口の急減によって、労働力不足が深刻化する。中国社会では、就労による女性の経済的な独立と少子化による育児の軽減が進行しただけに、若い中国人女性は、子供をたくさん産もうとしないだろう。
中国は、豊かになる前に高齢化する(中国人の30%は65歳以上)。高齢者に対する医療費がかさむが、経済は以前のような勢いを失っている。さらには、中国や外国の投資家は、中国共産党の自国企業を支配したいという思惑を毎日のように目の当たりにし、中国での投資に消極的になる。多くの中国人起業家や西側諸国の企業は、生産や販売に適した場所を求めて、中国からすでに離れている。この脱中国は今後も続くだろう。
さらに、タックスヘイヴンや産油国を除いても、中国の1人当たりの所得はアメリカの3分の1にすぎず、世界第11位だ。
独裁国家を続けるのなら、人民元は兌換できず、「心臓」の必要条件である巨大な金融市場の設立や創造的なエネルギーの解放に必要な手段を持つことができない。民主化に踏み切ったとしてもロシアなどと同様、中国は、独裁政権の崩壊にともなう混乱に対処しなければならない。この混乱によって中華帝国は、その長い歴史において何度か経験したような国の解体にまで至る恐れがある。
中国が2060年までにカーボンニュートラルを実現するという目標を掲げたとしても、このシナリオでは、中国は、非常に深刻な環境問題に見舞われる。中国人口の85%は、大気汚染(高濃度の微粒子)にさらされる。干ばつの影響により、河川の水量は少なくとも25%減少し、内陸部の青海省の平原などは砂漠化する恐れがある。青海省の長江上流付近の平原の3分の1は消失し、上海などの一部の都市部では、水位が60センチメートルくらい上昇するだろう。
そしてアメリカは、中国が世界最強の国になるのを阻止するためにあらゆる手段を講じるはずだ。たとえば、マイクロプロセッサを製造するのに必要な技術や機械の利用を制限する、さらには、中国が軍事力をつける前に軍事的に叩き潰すことまでやってのけるに違いない。
【著】ジャック・アタリ(Jacques Attali)
1943年アルジェリア生まれ。フランス国立行政学院(ENA)卒業、81年フランソワ・ミッテラン大統領顧問、91年欧州復興開発銀行の初代総裁などの、要職を歴任。
政治・経済・文化に精通することから、ソ連の崩壊、金融危機の勃発やテロの脅威などを予測し、2016年の米大統領選挙におけるトランプの勝利など的中させた。
林昌宏氏の翻訳で、『2030年 ジャック・アタリの未来予測』『海の歴史』『食の歴史』『命の経済』『メディアの未来』(プレジデント社)、『新世界秩序』『21世紀の歴史』、『金融危機後の世界』、『国家債務危機――ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?』『危機とサバイバル――21世紀を生き抜くための〈7つの原則〉』(いずれも作品社)、『アタリ文明論講義:未来は予測できるか」(筑摩書房)など、著書は多数ある。
【訳】林 昌宏
1965年名古屋市生まれ。翻訳家。立命館大学経済学部卒業。
訳書にジャック・アタリ『2030年ジャック・アタリの未来予測』『海の歴史』『食の歴史』『命の経済』『メディアの未来』(プレジデント社)、『21世紀の歴史』、ダニエル・コーエン『経済と人類の1万年史から、21世紀世界を考える』(いずれも作品社)、ボリス・シリュルニク『憎むのでもなく、許すのでもなく』(吉田書店)他、多数。