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私の推論を要約すると、最も可能性の高い未来は次の通りだ。生産、交換、商売によって生み出される富の蓄積を司るのは、依然として商秩序だ。商秩序は、地政学、政治、価値観を支配し続ける。第9の「形態」は崩壊する。アメリカは第9の「形態」を維持しようと試みるが、失敗に終わる。2050年のアメリカは、経済、地政学、文化の面で支配的な勢力ではなくなり、第10の「形態」が登場する。
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「心臓」のない第10の「形態」
2050年になる前に、商秩序は生き残りを懸けて「心臓(=商秩序における中心)」のない「形態」をつくり出そうとするに違いない。
今から30年後、権力を握る「心臓」が存在しないとすると、どのような世界になっているのだろうか。
歴史を振り返ると、これと似たような状況は過去にもあった。それは西ローマ帝国崩壊後の帝国秩序の末期に相当する、5世紀初頭のヨーロッパの状況だ。ヨーロッパの帝国秩序はその後、中核になる帝国のない状態で、さらに600年間も存続した。一部の歴史家の主張とは異なり、その600年間は混乱した野蛮な時期ではなかった。あの時代を生きた人々の生活慣習と統治形式は、ローマを模倣していた。
ヨーロッパでは、帝国秩序が中心を持たずに600年間存続した後、商秩序へと移行した。商秩序の場合も「心臓」が交代するたびに、しばらくの間「心臓」なしの状態があった。
今後の30年間は、「心臓」なしの商秩序という状態になるのではないか。第9の「形態」が消失しても、世界中のほとんどの人々は、映画、テレビ、SNSで今日目にする西側諸国の人々(より具体的にはカリフォルニア社会)の価値観、欲望、ニーズを模倣するだろう(※カリフォルニア=第9の「形態」における「心臓」)。彼らは、夫婦や家族の概念、服装、消費と所有に対する渇望、競争心、個人主義、エゴイズム、不誠実さまで真似るに違いない。ローマ帝国が滅亡後に勝利したように、西側諸国は衰退と同時に勝利するのだ。
さらに、商という「形態」は「心臓」なしで長期的に機能すること、そして資本主義には世界を統制するための帝国的な国がもう必要でないことが判明するだろう(すでに判明している)。
ほとんどの商品が実際に海上輸送をされるとしても、支配的な港は存在しなくなるだろう。
政治、金融、産業、科学、テクノロジー、文化、イデオロギーのおもな手段を、1つの都市あるいは1つの地域に集中させる必要はなくなる。企業は、所在地をつくる必要もなくなる。
新たなテクノロジーを駆使することにより、より多くのデータ、価格、財を、分散的かつ物理的な拠点なしに管理できるようになる。よって、新たな「心臓」を生み出す意味がなくなる。
世界は「米国一強」から「どの国も何の権力も持たない状態」へ
この混沌としたきわめて多様な世界では、世界的な問題を自国の有利になるように単独で解決できる国は存在しない。圧倒的な勢力を持つ帝国の時代から、どの国も何の権力も持たない状態へと移行する。すなわち、G7、G20、G2の後は、G0になる。
私はこの状態を「《心臓》なき《形態》」と呼ぶ。なぜなら、富と権力を蓄積する場がなくなるだけでなく、商秩序の価値観(とくに、個人主義とその帰結である不誠実さ)がこれまで以上に支配的になるからだ。その結果、法の支配のないグローバルな市場が暴走し、寡頭支配が横行し、自然環境や将来世代に対する無関心が蔓延する。それまでの「形態」と同様、この状態の経済成長の源泉は、新たなテクノロジーを利用して治安、医療、教育などのサービスを人工化することだ。
今後しばらくの間、国家は、引き続き自国の防衛と法の支配を確約し、他国との地政学的な駆け引きに興じるだろう。企業はまだ、国家の指示に従うはずだ。独裁国家と、非自由主義的な民主主義国家の時代が訪れる。国家対市場の対立は国家の勝利に終わると予想する者が大勢現れる。
アメリカをはじめとする国々は、「《心臓》なき《形態》」という概念を一掃しようとして、「わが国こそ、このノマド化した世界の支配者だ」と宣言するに違いない。今日、アメリカの一部の思想家は、アメリカの法律は世界中で適用可能という考えに基づいて、アメリカを「デジタル国家」と称し、ヴァーチャルであってもアメリカ人になりたい人々を集めている。
第10の「《心臓》なき《形態》」で起こるサービスの人工化
■強靭な国家でさえ、各社会制度の機能不全に陥る
たとえ強靭な国家であっても、国内の紛争に巻き込まれ、公的債務によって弱体化し、競争によって行動を制約され、気候変動の深刻な影響を受け、治安を公共サービスによって確約できなくなり、歳出を減らして減税せざるをえなくなる。
まず、医療費と教育費が削減され、これらのサービスが民営化される。次に、治安維持も、少なくとも部分的に民営化されるだろう。市場に敗れた国家の仕事は、政治的に必要で財政的に可能な範囲で、弱者保護のための予算を確保するだけになる。
指導者たちは、法律の代わりに契約、正義の代わりに仲裁、警察の代わりに傭兵会社を重宝するが、自分たちが気づかないうちに、これらに牛耳られる。民兵や民間統治組織が民営化される社会の秩序を厳重に監視しない限り、指導者たちの安全は保障されない。
警察はこれまで以上に予防的になり、犯行におよぶ可能性があるというだけで人々を逮捕するようになる。司法は、人工知能によってほぼ自動化されるだろう。弁護士の仕事は、被害者や被疑者を援助することではなく、予防的なものになる。
すでに多くの地域で散見できる社会制度の機能不全が、世界中に広がる。市場がグローバル化する一方で、政治はローカル化する。
■公共サービスは「儲け」の対象になる
教育、医療、治安など、今日では公共部門に属するサービスが儲けの対象になる。これらのサービスは次第に民営化され、世界的な営利サービスが提供されるようになる。そしてこれらのサービスを代替する人工物が生産される。
私が「自己監視」と呼ぶこれらの人工物により、誰もが自分の健康状態、精神状態、教育レベル、環境のパラメータを常時把握できるようになる。医療、教育、メディアなどの職業は、人工知能によって刷新される。
■企業は無国籍になる。人々は転職を絶えず強いられる
企業は無国籍になる。銀行、投資ファンド、データ管理会社、保険会社が各国の議会に代わり、富の分配のあり方と、個人および集団の行動に関する規範を決定する。企業は収益性だけに従って、技術進歩の方向性を決定する。
新たな分野において、資本、労働、自然との間での付加価値の分配割合を決定するのは、超大企業になる。
労働報酬の相対的な低下は続き、生産性の低い職業の賃金は切り下げられる。細かい作業を強いる非人間的な仕事が増える。
公共財と私有財が激しく競い合う時期が過ぎると、今日の世界規模のビデオゲームやSNSのように、世界的な私立病院や私立学校が登場する。
市場の圧力が強まり、意思決定が(民主的かどうかは関係なく)集団によって行われなくなると、未来のテクノロジーは、あらゆる分野において財とサービスを人工化する手段として用いられるようになり、集団向けの財とサービスは葬り去られる。
ほとんどのモノおよび不動産を所有する必要はなくなり、借りるだけで事足りるようになる。親密な時間であっても、必ず商売が入り込んでくる。
転職を絶えず強いられる。終身雇用はもちろん一時雇用も減り、誰もが自営業者のように働くようになる。複数の職業を同時にこなし、テクノロジーの発展に取り残されないために常時学習しなければならない。
仕事と同様、学校と家族も、従来型の外に閉じた形式から「出入り自由」型になる。
中央銀行ではなく企業が管理するデジタル通貨が登場し(すでに存在する)、国の通貨と競合する。グローバルに流通し、国境に縛られることのないこれらの新たな通貨は、グローバル化された市場のニーズに対応し、最終的には一つの通貨になる。この民間発行の単一世界通貨は、ブロックチェーンによって保証される。
■多くの地域において結婚がなくなる。インドの伝統民族衣装が世界的に流行する
個人主義が猛威を振るうため、誰もがお仕着せのアイデンティティを拒否し、自分自身で自己のアイデンティティを定義するようになる。誰もが己の帰属するカテゴリーや性別とは関係のない自己の特異性を主張したがる。そして、帰属意識に最もこだわるのが、自己の特異性を熱心に訴える者たちだ。このような理屈を語る者たちは、男女という分類に意味はなく、性別の数は無限にあり、誰もが己の性別を自分の思うように定義できると説く。究極的には、誰もが自分だけがメンバーのカテゴリーに属したいと願う。
多くの地域では、結婚や離婚がなくなり、少子化が進行する。衣服の男女別はなくなる。たとえば、インドの影響力の強まりと地球温暖化の影響から、インドの伝統民族衣装が世界的に流行する。
国際社会が商秩序の単一万能「形態」になると、世界はきわめて不安定になり、主体なきプロセスの集合体になる。究極の実権を握るのは、予測機械〔コンピュータ〕だ。付加価値の分配では、資本の割合は上昇し続け、労働と自然環境の割合は減少し続ける。
■人間は「ハイパーノマド」「下層ノマド」「定住型の中産階級」の3つに分かれる
この「《心臓》なき《形態》」では、人間はおもに3つのカテゴリーに分類される。
「ハイパーノマド」(数億人)は、富と付加価値の増加分を管理する。彼らは、必ずしも一つの場所に集まっているわけではないが、ヴァーチャルな「心臓」を形成する。高性能コンピュータを利用して無数の接続機器から送られてくるデータを分析し、社会、自然環境、経済、政治の変化を、高精度かつ高速に予測する。彼らは、きわめて複雑な分析手法(今日ではモデルやデータが不足しているために理論的にも構築不可能)を用いて、犯罪者の行動や政治動向なども予測する。ハイパーノマドの一部は、付加価値の分配割合を決め、そのほとんどを自分たちのものにする。彼らは、慈愛に満ちた利他主義者の仮面を被る、最も不誠実な輩だ。
ハイパーノマドの対極にあるのが「下層ノマド」(40億人以上)だ。彼らの大半は、女性と子供であり、教育を受ける機会を得られずに悲惨な暮らしを送る。彼らは、生き残りを賭けて国境を行き来し、反乱と革命の機会をうかがう。
その中間には、「定住型の中産階級」(およそ40億人)がいる。彼らの収入や社会的地位は、さらにプロレタリア化する。彼らは、下層ノマドへの転落を恐れ、現在の定住型の生活様式を維持しようともがく。彼らのうち野心的な者は、ハイパーノマドにのしあがる。彼らは、再分配機能の強化と治安の改善を要求し、富裕層と貧困層を同時に非難する。彼らは、自分たちの相対的な特権を保証するのは全体主義だと考え、全体主義になびく。
ハイパーノマドだけが支配する世界的な機関が登場し、これらの機関が民主的な議論を経ずに、多くの分野で規範を課す。
「《心臓》なき《形態》」を定着させる試みは失敗に終わる
この袋小路を突き進もうとすると、人類は、気候、超紛争、人工化という3つの致命的な脅威に直面することになる。これらを事前に把握しておくことは、これらの脅威に対する準備や回避に役立つはずだ。これこそが、今後30年間において肝要なことだ。
【著】ジャック・アタリ(Jacques Attali)
1943年アルジェリア生まれ。フランス国立行政学院(ENA)卒業、81年フランソワ・ミッテラン大統領顧問、91年欧州復興開発銀行の初代総裁などの、要職を歴任。
政治・経済・文化に精通することから、ソ連の崩壊、金融危機の勃発やテロの脅威などを予測し、2016年の米大統領選挙におけるトランプの勝利など的中させた。
林昌宏氏の翻訳で、『2030年 ジャック・アタリの未来予測』『海の歴史』『食の歴史』『命の経済』『メディアの未来』(プレジデント社)、『新世界秩序』『21世紀の歴史』、『金融危機後の世界』、『国家債務危機――ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?』『危機とサバイバル――21世紀を生き抜くための〈7つの原則〉』(いずれも作品社)、『アタリ文明論講義:未来は予測できるか」(筑摩書房)など、著書は多数ある。
【訳】林 昌宏
1965年名古屋市生まれ。翻訳家。立命館大学経済学部卒業。
訳書にジャック・アタリ『2030年ジャック・アタリの未来予測』『海の歴史』『食の歴史』『命の経済』『メディアの未来』(プレジデント社)、『21世紀の歴史』、ダニエル・コーエン『経済と人類の1万年史から、21世紀世界を考える』(いずれも作品社)、ボリス・シリュルニク『憎むのでもなく、許すのでもなく』(吉田書店)他、多数。
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