(※写真はイメージです/PIXTA)

「歴史」のあらゆる側面を研究すれば、(理論的にではあるが)「世界の仕組み」を見出し、少なくとも2050年くらいまでの未来は予測可能だ――ソ連の解体やウクライナ危機など数々の世界的危機を予見してきたジャック・アタリ氏は、このように語ります。現時点における世界の二大勢力といえば米中ですが、両国にはすでに大きな弱点があり、現在のような国際的影響力は30年後には失われている可能性があるといいます。アタリ氏の著書『世界の取扱説明書』(林昌宏訳、プレジデント社)より一部を抜粋し、見ていきましょう。

2023年現在における「世界的に影響力を持つ国々」

2023年、世界最大のパワーを持つのは誰なのか。ある民間組織の調査によると、大きい影響力を持つ国を順に列挙すると、アメリカ、イギリス、ドイツ、中国、日本、フランスだという。

 

世界の二大勢力は、中国とアメリカだ。1945年から1990年にかけてアメリカとソ連、1980年からのG7、2010年からのG20に代わり、今日では中国とアメリカのG2だ。

今日の「心臓」、アメリカ

アメリカは今日でも、政治、経済、テクノロジー、軍事の面で、世界第1位の勢力だ。アメリカの軍隊は世界最強だ(軍事費は7700億ドル、現役兵の数は140万人、核弾頭の数は5550個)。アメリカのGDPの世界シェアは依然として23%だ。アメリカの外国への投資は、外国がアメリカに投資するよりも大きなリターンを生み出している。ドルは、現在も世界の主要通貨だ。ヒューストンとマイアミは、租税と経済の面において、世界で最も魅力的な都市だ。世界のほとんどの地域では、国際的な紛争の際にはアメリカの法律が適用される。アメリカ政府は、個人や国に対して世界規模の制裁を科すことができる(例:対ロシア制裁)。

 

しかしながら、アメリカの弱点は、ますます大きくなっている。

 

アメリカの公的債務は、世界のGDPの3分の1に達した。アメリカのおもな港は、国際ランキングで下位に位置している(南ルイジアナの31位、ロサンゼルスの33位)。アメリカの気候は急速に悪化している。アメリカ人が引っ越しをする理由の34%は気候だ。アメリカ国民の富の格差は、G7諸国内で最も大きい。2023年、富裕層上位1%の所得が国民所得に占める割合は、20%近くだった。アメリカの教育制度はきわめて不平等だ。国民全体に占める肥満の人の割合は33%だ。国民の42%は大麻を使用した経験があり、16%はコカインを試したことがある。アメリカでは、ハードドラッグによって毎年10万人が命を落としている。アメリカ人の7%は、有毒物質の使用による精神障害(不安、鬱、不注意、多動性、人格障害、双極性障害)に苛まれている。若者の10人に1人は、自殺を考えたことがある。この割合は、女子や社会的少数派ではさらに高い。

 

アメリカでは、およそ4億3400万丁の銃が出回っている(国民1人当たり1.3丁の計算)。2020年、銃が原因の死者数は4万5222人(このうち55%は自殺)だった。すなわち、1日100人以上が銃によって死亡している計算になる。アメリカでは、狂信的な信仰が蔓延している。アメリカの刑務所人口は210万人を突破した。収監率(人口10万人当たり639人の拘禁者)は、世界平均の2.5倍であり、世界最高だ。アメリカの民主主義は、社会階層間、地域間、民族集団間の溝の深まりによって脅かされている。アメリカの政治の実権はおもに大企業、とくにプライベート・エクイティ・ファンドが握っている。巨額の選挙資金を提供する彼らは、自分たちの資本から収益を上げるために必要な政策を、政府や中央銀行が実行するように圧力をかけている。とくに「心臓」(=商秩序における中心都市)であるカリフォルニアの暮らしは、自然環境と社会の面で悪化している。高税率で治安がきわめて悪いという理由から、多くの企業がカリフォルニア州から脱出している。

華々しい快進撃を見せる中国

西洋諸国から100年にわたる屈辱を味わった中国は、復讐心を抱き、権力志向をむき出しにしている。不正がはびこる市場において、中国は世界第2位の大国になった。

 

中国の軍隊は、アメリカとロシアに次いで世界第3位だ(核弾頭の数はおよそ400個、総兵力はおよそ200万人、軍艦と潜水艦の数は355隻)。中国の軍事費はまだアメリカの3分の1だ。

 

軍隊を指揮し、商秩序において帝国的な権力を有する中国共産党は、国民と社会契約を結んでいるようだ。中国共産党は、国民の欲望の移り変わりを常に把握する手段を持つ。反体制派や新疆ウイグル自治区のウイグル族などの少数民族が虐待されても、ほとんどの中国人は、「自分たちは自由に旅行できるのだから、独裁政権下で暮らしているのではない」と考えている。至る所に設置された2億台の監視カメラ(アメリカの4倍以上)により、国民はその行動によって格付けされている。この格付けに応じて、行政への就職、子供の教育、住宅や社会的支援の利用が制限されている。

 

中国は、人工知能の利用と開発において有利な立場にある。その理由は、今のところ従順な国民と巨大な自国市場だ。中国の人工知能への投資額は、世界の10%を占める。おもな投資先は、自動車、工作機械、医療、企業向けのソフトウェア、治安維持、公共交通、司法などの分野だ。中国は、44の未来の主要産業のうちの37において、他の国々よりも先行している。中国共産党が間接的に支配するようになった中国の大企業(例:バイドゥ、テンセント、ファーウェイ)は、医療と自動車の自律走行に巨額の投資を行っている。

 

中国のGDPはアメリカのまだ半分であり、1人当たりのGDPはアメリカの6分の1にすぎない。そうはいっても、アメリカとの差はかなり縮まってきた。港の世界ランキング上位10港には、中国の港が8つ入っている(上海、天津、深圳、寧波、青島など)。

 

世界に出回る商業製品の15%と消費財の半分は中国製だ。中国は、衣服、自動車、サーバ、コンピュータ、携帯電話などで、世界的なブランドを確立した。中国製品は低価格を武器に、他国の産業を破壊した。貧困に突き落とされたこれらの国の労働者は、公害をまき散らして製造される安価な中国製品の消費者になっている。

 

中国の高等教育機関では、毎年100万人のエンジニアが育成されている。

 

今日、中国は、銅、鉄、ニッケル、鉛、アルミニウムの世界最大の消費国であり、石油の消費量も世界第2位だ(日量1100万バレル。アメリカは1900万バレル、日本は450万バレル)。中国は、世界の石炭の50%を消費している。

 

アメリカが必死になって中国の市場シェアを引き下げようとしているのにもかかわらず、中国は依然として世界最大のレアアースの産出国であり、太陽光発電や風力発電に必要なレアアースの分離精製事業の4分の3を牛耳っている。

 

中国は、アメリカ国債の最大の保有国だ。

 

さらには、中国は、「一帯一路」と呼ばれるプロジェクトを通じて貿易拠点を世界各地に設置し、物資の調達に必要な地点に布石をした。中国は、このプロジェクトを利用して物資の供給路を確保する一方、このネットワークに参加する国々に国内の監視技術を提供するとともに、これらの国々と安全保障協定を締結した。

 

中国は、ヨーロッパ、アジア、南アメリカ、アフリカ、オーストラリアで港湾施設や農地を買い漁っている。

 

中国は、世界の半数以上の国にとって最大の貿易相手国だ。1990年から2020年にかけて、中国のASEAN(東南アジア諸国連合)との貿易額は20倍になったが、アメリカとの貿易額は倍増しただけだった。中国のブラジルとの貿易額は、アメリカとの貿易額の3倍だ。

 

中国の快進撃は華々しいが、中国は大きな弱点を抱えている。中国は自国で発生した新型コロナウィルス感染症の蔓延に対処できず、2年間にわたる国境閉鎖を強いられた。唐突に開国したが、減速した経済成長が以前のペースに戻る見込みはない。汚職が蔓延しているため、効率的な意思決定ができない。毎年平均100億トン近い二酸化炭素を排出する中国(世界の排出量の14%)は、アメリカとインドを抑えて世界第1位の汚染国になっている。

 

中国は、自国の耕作地が世界の7%にすぎないのに、世界人口の17%に相当する国民を養わなければならない。よって、2000年代までは食糧の純輸出国だったが、2023年には食糧の23%を輸入している。小麦の47%、トウモロコシの半分以上は、(ブラジル、アメリカ、ニュージーランド、カナダ、オーストラリアからの)輸入に頼っている。気候変動と痩せた土壌は、農業の生産性に深刻な影響をおよぼしている。2021年、河南省では100万ヘクタールの農地が洪水によって水没した。また耕作地の少なくとも半分では、干ばつによって生産量が30%減った。

 

中国は、自国の野望を維持するために急拡大するアジア諸国に依存している。

 

 

【著】ジャック・アタリ(Jacques Attali)

1943年アルジェリア生まれ。フランス国立行政学院(ENA)卒業、81年フランソワ・ミッテラン大統領顧問、91年欧州復興開発銀行の初代総裁などの、要職を歴任。

政治・経済・文化に精通することから、ソ連の崩壊、金融危機の勃発やテロの脅威などを予測し、2016年の米大統領選挙におけるトランプの勝利など的中させた。

林昌宏氏の翻訳で、『2030年 ジャック・アタリの未来予測』『海の歴史』『食の歴史』『命の経済』『メディアの未来』(プレジデント社)、『新世界秩序』『21世紀の歴史』、『金融危機後の世界』、『国家債務危機――ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?』『危機とサバイバル――21世紀を生き抜くための〈7つの原則〉』(いずれも作品社)、『アタリ文明論講義:未来は予測できるか」(筑摩書房)など、著書は多数ある。

 

【訳】林 昌宏

1965年名古屋市生まれ。翻訳家。立命館大学経済学部卒業。

訳書にジャック・アタリ『2030年ジャック・アタリの未来予測』『海の歴史』『食の歴史』『命の経済』『メディアの未来』(プレジデント社)、『21世紀の歴史』、ダニエル・コーエン『経済と人類の1万年史から、21世紀世界を考える』(いずれも作品社)、ボリス・シリュルニク『憎むのでもなく、許すのでもなく』(吉田書店)他、多数。

※本連載は、ジャック・アタリ氏の著書『世界の取扱説明書』(林昌宏訳、プレジデント社)より一部を抜粋・再編集したものです。

世界の取扱説明書

世界の取扱説明書

ジャック・アタリ
林 昌宏(訳)

プレジデント社

【2050年、世界はどうなっているのか。私たちはそれまでに何をすべきなのか。2023年〜50年の世界を大胆予測する。】 混沌を極める世界情勢で、私たちはどう現在と未来を読み解くべきでしょうか。 ジャック・アタリ氏は地…

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