1. はじめに
米国の労働市場はFRBによる大幅な金融引締めもあって減速傾向が続いていたが、足元で非農業部門雇用者数や求人数の伸びが加速したほか、失業保険申請件数が減少するなど予想外に堅調を維持している。
労働需要が堅調を維持している要因として、依然として多くの業種でコロナ禍前のトレンドを雇用者数が下回っていることに加え、中小企業を中心に人手不足が解消されていないことなどがある。
一方、労働需要は引き続き堅調を維持しているものの、労働参加率の改善にみられるように、労働供給は回復が続いており、労働需給が緩和する可能性を示唆している。
また、賃金上昇率は低下基調が持続しているものの、依然として労働需給の逼迫を背景にFRBの物価目標と整合的とみられる水準を大幅に上回っており、金融引締めの長期化するとの見方が強まっている。
本稿は予想外に堅調を維持する労働市場について主要な労働関連指標の動向を確認するほか、今後の見通しについて論じた。
結論から言えば、労働供給の回復は労働需給緩和に向けた良い兆候ではあるものの、中小企業では引き続き採用増加の動きが続いているほか、足元で成長率が大幅な上昇が見込まれることもあって、今後も労働需要は堅調が見込まれる。このため、労働需給が引き続き逼迫した状況が続くとみられ、賃金上昇率は当面高止まりしよう。
2. 予想外に堅調を維持する労働市場
(非農業部門雇用者数、求人数)足元で増加ペースが加速
非農業部部門雇用者数(前月比)は、21年後半以降は雇用増加の伸びが鈍化傾向を示していた(前掲図表1)。
しかしながら、23年9月は+33.6万人の大幅な増加となったほか、過去2ヵ月分が合計で+11.9万人上方修正された結果、23年7-9月期の月間平均増加ペースが+26.6万人増と23年4-6月期の同+20.1万人増、23年初からの同+26.0万人増を上回っており、足元で雇用増加ペースが加速していることを示した。
求人数は22年3月の1,203万人をピークに低下基調が持続しているが、23年8月は961万人と前月の892万人から4ヵ月ぶりに増加に転じた(図表2)。求人数は新型コロナ流行前の700万人の水準を依然大幅に上回っている。
また、求人数と失業者数の比較では23年8月が失業者1名に対して求人件数が1.5件とこちらも22年3月につけた2.0件をピークに低下基調が持続しているが、新型コロナ流行前の1.2件を大幅に上回っており、失業者数を大幅に上回る求人数の状況が続いている。
このように、非農業部門雇用者数や求人数は足元で増加ペースが加速しており、22年3月の利上げ以降、FRBの金融引締めが長期化する中でも足元で予想外に労働需要が強くなっている。
(失業保険申請件数、企業人員削減数)継続的な増加傾向はみられない
失業保険新規契約件数(季節調整済み)は22月9月下旬の18.2万件を底に23年6月中旬には26.5万件と21年10月下旬以来の水準に上昇した(図表3)。
しかしながら、その後は件数が頭打ちとなっており、9月中旬には20.2万人と23年1月下旬以来の水準に低下するなど申請件数の継続的な増加はみられない。
また、継続需給者数(季節調整済み)は22年9月上旬につけたおよそ50年ぶりの水準となる128.9万件を底に23年4月上旬には186.5万件と21年11月以来の水準に上昇したものの、受給者数もそこで頭打ちとなっており、足元は170.2万件と新規申請件数と同様に23年1月下旬以来の水準に低下している。
一方、米民間調査会社のチャレンジャー・グレイ&クリスマスがまとめた米企業の人員削減計画は23年9月が4万7,457件と前年同月の2万9,989件を上回っているものの、23年1月につけた10万2,943件のピークから低下基調が持続している(図表4)。
業種別でも昨年後半から年初の人員削減を牽引したテクノロジーが23年9月に2,537人と22年11月の5万2,771人から大幅に減少しているほか、金融サービスも334人と23年3月の1万3,400人から大幅に減少するなど、失業保険新規申請件数の動きと同様に人員削減計画の継続的な増加はみられない。
(労働需要が堅調な要因)コロナ禍からの雇用回復過程、中小企業の人手不足が継続
FRBによる大幅な金融引締めによっても労働需要は堅調を維持している要因として、コロナ禍からの雇用回復過程が持続していることに加え、中小企業の人手不足などが挙げられる。
実際に、業種別雇用者数で新型コロナ流行前(16年1月~19年2月)のトレンドラインから推計される推計値と実際の雇用者数の差をみると、23年9月時点でも15業種中10業種で推計値を実際の雇用者数が下回っており、コロナ禍からの雇用回復が道半ばであることが分かる(図表5)。
とくに、コロナ禍で雇用が大幅に減少した娯楽・宿泊業では依然として113万人弱の雇用減少となるなど、コロナ禍からの雇用回復が大幅に遅れている。
また、全米独立業協会(NFIB)の中小企業向け調査で「欠員補充が困難」と回答した割合は23年9月が43%と1975年の統計開始以来最高となった22年5月の51%からは低下したものの、依然として統計開始以来最高水準で推移している状況が続いており、中小企業の人手不足が深刻であることが分かる(図表6)。
このため、通常であればこれまでの大幅な金融引締めにより、労働需要の低下が不可避だが、足元はコロナ禍からの雇用回復過程と中小企業の人手不足などの特殊要因によって、労働需要が金融引締めの影響を受け難い状況となっていることが見込まれる。
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