終わりなき逃避行…結婚式を見事にすっぽかす
結婚式が10日後に迫っているにもかかわらず、東京を出た啄木は、盛岡に直行せずに仙台で途中下車している。詩人の土井晩翠(どいばんすい)を訪ねると、晩翠の夫人からあつかましくも15円借金をした。しかも、妹から届いたという「母が重体」という手紙をわざわざ捏造(ねつぞう)して、同情を引いたというから、狡猾(こうかつ)である。
東京での生活が無理ならば、せめてこの地で、と思ったのかもしれない。仙台で啄木は10日間過ごしている。……いや、もう結婚式の日だけど!
ついに自分の結婚式をすっぽかした啄木。
今度こそ盛岡に降り立つかと思いきや、盛岡駅を通り越して、その先の好摩(こうま)駅で下車。渋民村へと足をのばし、父が追い出された宝徳寺を訪ねている。父の仕事は本当にもうどうにもならないのか。復職の可能性を探ったらしい。啄木がにっちもさっちもいかない状態へと追い詰められていたことがわかる。
啄木が節子の前にようやく姿を現したのは、6月4日のことである。数日前にひとりで結婚式を終えていた妻の節子は、啄木を責めることなく、ただ泣き顔をぬぐったという。もっとも周囲が心配したことはいうまでもない。結婚式をすっぽかしたダメ男との結婚を友人から反対されると、節子はこう返した。
「吾はあくまで愛の永遠性なるということを信じたく候」
私はあくまでも愛の永続性を信じたい――。節子はひとりきりで迎えた結婚式でも、堂々とふるまっていたという。ふたりは12歳のときに出会い、2~3年後に恋人になった。父の反対を押し切ってまで結婚へと進んだのは、節子である。2年にわたって第一詩集『あこがれ』の原稿を完成させた啄木のことを、節子は「きっと迎えに来てくれる」と信じていたのだ。
逃げて逃げて逃げまくった当時のことを、啄木はこう振り返っている。
「20歳の時、私の境遇には非常な変動が起った。郷里に帰るという事と結婚という事件と共に、何の財産なき一家の糊口の責任というものが一時に私の上に落ちて来た。そうして私は、その変動に対して何の方針も定めることができなかった」
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