パワーポイントの使用を禁止
2004年の夏、ジェフ・ベゾスCEOは驚くべき決断をくだして、アマゾンのリーダーシップチームに衝撃を与えた。パワーポイントの使用を禁止したのだ。
アマゾンの経営陣は、ビジュアルにうったえるスライドや箇条書き機能の代わりに、文書やナラティブ(ストーリー仕立ての文章)の形でアイデアを説明し、売りこまなければならなくなった。
世界でもっとも先進的なeコマース企業が、現代のプレゼンテーションツールを、500年以上も前に発明された古代のコミュニケーションデバイスである文字と置き換えたのだ。
この新たなシステムによって、アマゾンの全社員が、シンプルな言葉、短い文章、そして明快な説明でアイデアを他者と共有するよう強いられることになった。
だが、ベゾスが導入したこのブループリント(設計図)こそが、アマゾンのその後20年にわたる驚異的な成長の基礎を固めたのである。ジェフ・ベゾスは大胆なアイデアを世界でもっとも影響力ある企業に発展させた夢想家だ。その過程で、リーダーたちがプレゼンテーションを行い、アイデアを共有し、共通のビジョンを軸にチームをまとめる方法を根本からひっくり返すような戦略を作り上げた。
リーダーシップとコミュニケーションの探究者であるベゾスは、大半の人が不可能だと考えることを実現するために、人々のモチベーションを高める方法を探り、学習を重ねていった。
拡張性のある「コミュニケーションスキル」のモデルを構築
本書は、億万長者ベゾスの人生について書かれたものでもなければ、アマゾンという巨大eコマース企業について考察したものでもない。これらのテーマは、他の本で十分に語られているし、富の役割やアマゾンが経済におよぼす影響に関しても終わりのない論争が繰り広げられている。
そうではなくこの本では、より根本的な、読者一人ひとりが自分に当てはめて活かしていくことのできるテーマに注目した。アマゾンの成長物語において見落とされ、過小評価されている側面、言い換えれば、読者の人生とキャリアの成功の土台となるトピックに焦点を当てている。
それはすなわち、コミュニケーションである。並外れた文章力とストーリーテリング力という、ベゾスのコミュニケーションスキルに正面から取り組んだ書籍は、これまでなかった。彼が24年にわたり株主に宛てて書いた手紙の、4万8000に上る単語を分析した本もない。さらに言えば、アマゾンの元幹部や、自身が立ち上げた会社にベゾスのコミュニケーションモデルを取り入れたCEOを、私ほど多くインタビューした著者も皆無だ。
シリコンバレーの伝説的ベンチャーキャピタリストとして知られるある人物は、ビジネススクールの学生たちに、ベゾスのライティングとコミュニケーション戦略を学ぶことを義務づけるべきだという考えを述べている。もし「あと20歳若かったならば」 、自分がその授業を担当しただろうとまで言うのだ。
ベゾスは、アマゾンの社員が文章を書き、協力し、イノベーションを起こし、アイデアを売りこみ、プレゼンテーションを行う方法を改善するコミュニケーションツールを先駆けて開発した。そうすることで、シアトルのガレージで働く小さなチームを世界最大の企業のひとつへと成長させるうえで欠かせない、拡張性のあるモデルを構築したのだ。
端的に述べれば、ベゾスはブループリントを描いたのである。