トップキャリアをめざして確実にステップアップしていくなら、押さえておくべきノウハウがあります。本稿では、東京エグゼクティブ・サーチの代表取締役社長・福留拓人氏が、大手化粧品メーカーで若くして宣伝部長に就任し、社長の後継者候補と期待された人物を例に挙げ、経営者をめざすキャリアに潜む「落とし穴」について解説します。
「社長」へのキャリアアップをめざすなら…社内の〈おいしいポジション〉は“いち早く”後進に譲るべき理由【転職のプロが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

「この世の春」に留まりすぎた宣伝部長…ポストから引きずり降ろされ、会社を去る

A氏はきょとんとしつつ、筆者にやんわり反論しました。

 

「いまの仕事はとても楽しく、トップからもすごく評価されているんです。やりがいもあって、とにかく充実しているのに、異動する必要がありますか?」

 

仕事が充実して楽しいのは顔色を見ればわかりますし、年収がそれなりに上がったことも容易に想像できます。

 

ですが、そろそろこのポストは、自分で希望を出してでも後進に譲ったほうがいい、というのが筆者の考えです。

 

その希望が叶わなければ話は別です。

 

上層部から、「もう少しここで頑張ってくれ」といわれたのなら現在の仕事にコミットすべきですが、このポストは花形ゆえに、本人の知らないところで必ず恨みを買っています。権限が強すぎることは逆効果にもなります。たとえオーナー経営者の後ろ盾があるとしても、長く宣伝部長職に定着することは、社内に敵を作る可能性があります。

 

経営者の後継者候補として評価され、いまのポジションに就いたのですから、それを忘れてはなりません。

 

A氏には、本人から何かアクションを起こすというイメージはなかったのかもしれませんが、後進にポストを譲り、もう少し汗をかける部署への異動を、オーナー経営者に直訴してみたらどうかと提案しました。

 

もともと、陳情を受けて協賛金を振り分けるというのは単なる「役割」であり、「能力」ではありません。しかし会社の前線部隊からは、まぶしく見えます。「みえない敵をつくる」というのは、そういうことです。

 

本人がこの会社で経営者をめざすのであれば、20年後の社内のネットワークが重要になります。嫉妬や嫌悪から明日の敵をつくることは、経営者をめざすキャリアにとって、得策ではありません。本人にはそうアドバイスしました。

 

予想外のことをいわれたA氏は、首を傾げていました。

 

その後、A氏は残念ながらこの面談の6年後に会社を辞めて転職していきました。やはり、このポストから引きずり降ろされたとのことでした。つまり、「この世の春」に長く居すぎたということでしょう。

 

繰り返しですが、会社の仕事は「役割」が違うだけで、上も下もありません。部署における「役割」があるのみです。

 

予算配分を一手に握り、それを振り分ける権益は絶大です。

 

しかし、そこに長く居すぎて他部署の経験を喪失するということは、経営者をめざす上で長期的にマイナスになってしまいます。A氏の事例からは、若いうちに手柄を積み上げて花形部署に就くことは、かえって会社における寿命を縮めてしまうリスクがあることを学び取れます。

 

オーナー経営者は、そこまでA氏という人物を読み切れていなかったのかもしれません。もしかすると、オーナーはA氏が「おいしいポジション」を後進に譲り、自ら汗をかく部署への異動と、その先にある経営者への道を求めてくるかどうか、踏み絵をしているような気持ちだったのかもしれません。

 

今回の事例でも、そのあたりをA氏自身が分析できていれば、結果は変わっていたはずです。

 

会社には充実感に満ちた部署があるかと思えば、決して楽しいとはいえない部署も存在します。

 

与えられた「縁の下の力持ち」的な位置で一生懸命に頑張っている人もいます。組織にはいろいろな役割があり、花形で大活躍するのは素晴らしいことですが、経営者へのステップアップを考えるのであれば、周囲への目配り・気配り・心配りは不可欠です。

 

花形セクションで「おいしいポスト」に就いている人は、あえてその魅力的なポジションを後進に譲って自身のプレゼンスを高める、という政治的なセンスを身に着けることが望ましいでしょう。