トップキャリアをめざして確実にステップアップしていくなら、押さえておくべきノウハウがあります。本稿では、東京エグゼクティブ・サーチの代表取締役社長・福留拓人氏が、大手化粧品メーカーで若くして宣伝部長に就任し、社長の後継者候補と期待された人物を例に挙げ、経営者をめざすキャリアに潜む「落とし穴」について解説します。
「社長」へのキャリアアップをめざすなら…社内の〈おいしいポジション〉は“いち早く”後進に譲るべき理由【転職のプロが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

充実したキャリアに潜む落とし穴

組織に所属するビジネスパーソンが、別部署への異動希望を出したとしても、すべてが叶う訳ではありません。そのことで悩み、モヤモヤしている人も少なくないでしょう。

 

一方で、希望通りの部門や花形的な部署に定着して充実したキャリアを過ごしている人もいます。

 

ところが、そこには思わぬ落とし穴があることに、注意が必要です。

 

筆者がコンサルティングした大手化粧品メーカーのトップキャリア候補・A氏を例に挙げ、この落とし穴について考えてみましょう。

 

A氏は、20代の頃から営業をはじめいくつかのセクションをローテーションで経験し、その過程で非常に優秀だと注目を集めました。もちろん経営者の覚えもめでたく、やがて花形セクションに抜擢されます。その後も着々とステップを踏んで若干31歳にして、宣伝部長に就任。その会社の広告や広報、販促などの予算を一手に握るポストです。

 

A氏が担った役割は、社名やブランドの認知度を高めるためのプロモーションの統括です。この会社は地域振興にも積極的に取り組み、自治体のキャンペーンやイベントなどに協賛という形で資金提供をしていました。たとえばスポーツチームの冠スポンサーなどです。

 

政権与党に似たところがありますが、大企業も自治体から陳情を受けることが多く「協賛金を出していただけませんか」「地域振興のためにぜひご協力を」などと、社内外から陳情が押し寄せます。

 

そのため、この化粧品メーカーの宣伝部は協賛への拠出金を年間10億円ほど握っていました。

 

弱冠31歳の宣伝部長が、10億円を自由に差配できる訳です。そのような権勢を誇っていたため、A氏は社内でも抜群の出世頭として認知されていました。当然楽な仕事ではありませんが、何かを売り込むような苦労はなく、陳情を受けてそこにいくら拠出するか検討する訳ですから、別格です。

 

社内でこのセクションは、出世の登竜門として特別視されていました。

 

筆者が最初に会ったときも、A氏は本当に楽しそうに仕事をしていました。転職や独立など微塵も考えることなく、社内で抜群の存在感を発揮していました。経営者からの評価も高いため、充分に手腕を発揮しながら実績を積んでいくことを期待しつつ、その後はときおり情報交換をする程度の付き合いに落ち着いていました。

 

宣伝部長着任から5年後、「近況報告をしたい」との誘いを受け、久しぶりに面談を実施しました。

 

筆者はその面談で、非常に違和感を持ちました。

 

どういうことかというと、異動もせず、同じ仕事を続けていたのです。

 

もちろん人事異動は会社が決めることですから、A氏がどうこうできる問題ではありませんが、5年経って会社は大きくなっているし、当人も成長しているはずなのに、相変わらず宣伝部で辣腕をふるい続けていたのです。

 

ふと思い当たった筆者は、A氏に率直に尋ねてみました。

 

「宣伝部という部署は押すに押されぬ花形セクションですね。とくに陳情を受けて予算の割り振りをする業務は、国家でいえば財務省にも等しい仕事であり、抜群の権限を持っています。あなたは、いずれ経営者の後継候補になれるポテンシャルを持つ人物だと思っています。だからこそ、そろそろご自身で異動希望を出して、このポストは後進に譲ってみてはいかがですか?」