●「相手を見てサッカーをする」それを実行するうえで最も重要な情報のひとつが「相手が動こうとしている方向」、すなわち「矢印」だ。
●いかに相手の矢印の逆を突けるかでチャンスの数が変わってくる。本講義では「矢印理論」について解説する。
サッカーは「騙し合い」のスポーツ
かつてディエゴ・マラドーナはサッカーをこう表現しました。
「サッカーとは騙し合いのスポーツだ」
「騙す」という行為の具体例を一つあげれば「相手が出している動きの矢印をかわす」もしくは「矢印の逆を突く」ことだと思います。
たとえばマラドーナの伝説の「5人抜き」は、ボールを奪いにきたイングランドのフィールドプレーヤー4人の、ことごとく逆を突いてペナルティーエリアに侵入し、最後はGKまでをも逆方向に飛ばさせて抜き去り、ゴールを決めたものでした。
現在の日本で言えば、三笘薫が逆を突くエキスパートです。2023年1月14日に行われたブライトン対リバプールでは、マッチアップしたアレクサンダー・アーノルドをときにスピードで置き去りにし、ときにフェイントで棒立ちにさせ、ドリブルで翻弄し続けました。
矢印というネーミングはイメージがつきやすいので採用しました。相手の出てくる力を利用するという点で、合気道や柔道のようなところもあります。
「矢印をかわす」「矢印の逆を突く」プレーの具体例
それではどんな「矢印のかわし方」、「矢印の逆の突き方」があるかを、プレーごとに見てみましょう。
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▼運ぶドリブル
・相手の背中側にドリブルする。
・それによって相手が向きを変えたら、また背中側にドリブルする。
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こういう運ぶドリブルで相手の逆を突くのがうまいのがフレンキー・デヨングです。運ぶドリブルをするときに相手を見て方向を変え、加速力と推進力を生かして相手を置き去りにします。派手なフェイントがなくても、矢印の逆を意識すると相手を揺さぶれるという好例です。
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▼突破のドリブル
・「へそ下」にボールを置く。
・相手の矢印が見えなければボールを動かすかフェイント、味方のオフザボールなどで相手に矢印を出させる。
・「後出しジャンケン」で、その逆にボールを運ぶ。
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「へそ下」とは「ボールを全方向に大きく動かせる位置」のことです。ここにボールを置くと、縦へも内側へも素早くボールを動かすことができます。
もちろん三笘も正確なトラップで「へそ下」にボールを収めています。三笘がさらにすごいのは、ドリブルを始めるときのスタートの仕方。右足でボールを蹴ってから動き出すのではなく、左足を踏み込んで上体を斜めに倒した姿勢をつくり、そこから右足で引き込むようにボールを前へ転がすのです。
上半身と下半身が一直線になる陸上短距離のスタートのような姿勢をつくるので、よーいドンの時点で相手より半歩リードでき、よりパワフルに一歩目を踏み出せます。
もし相手が縦突破を警戒してそのコースを切ってきたら、三笘は左足を縦突破したい方向と逆側に踏み込みカットインします。中を警戒したら縦へ行かれ、縦を切ったら中へ行かれてしまう。プレミアリーグのDFたちが止めるのに苦労するわけです。
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▼パス
・プレスをかけてきた相手の矢印と逆方向へパスを出す。
・プレスをかけてきた相手の矢印が届かない場所へパスを出す。
・パスカットを狙って一歩を踏み出した相手の逆を突いてパスを出す。
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「プレスをかけてきた相手の矢印と逆方向へパスを出す」のは簡単ではありませんよね。けれど、もし失敗しても相手は進行方向と逆にパスを出されて体勢が崩れるので、次の動作に移るまでに時間がかかるんですよ。つまり、逆を突くパスはたとえ失敗しても、即時奪回しやすいというメリットがあります。矢印の逆を突くパスは、守備のリスク管理にもなります。
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▼ターン
・正確なトラップで「へそ下」にボールを置き、軸足で相手からボールを隠す。
・相手の動きを間接視野で見て、相手の動きと逆側にボールを動かしてかわす。
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逆を突くターンがずば抜けてうまかったのが、現バルセロナ監督のシャビです。相手がボールを奪いにきてもクルっとターンして入れ替わり、前を向いて決定的なパスを出していました。
ターンに欠かせないのが、パスを受ける前の駆け引きです。わざと相手に背後が見えていないと思わせて食いつかせたり、縦に行くと見せかけて相手の足を止めたりします。これができる選手は、「プレス耐性」(プレスをかけられてもボールをキープできる能力)が間違いなく高いです。
チームとしてこのようなプレーが可能になると…
チームとして「矢印をかわす」、「矢印の逆を突く」プレーをできるようになると、次の2つのメリットが生まれます。
【メリット1】相手にプレスの矢印を整理させない
ここでみなさんに質問です。「相手のプレスにはめられている」というのは、どんな状態のときでしょう?
答えは、相手がプレスの矢印を整理できているときです。
ビルドアップで横パス、横パスという感じで横方向ばかりへボールを動かしていると、相手は次の行先を予想でき、確信を持ってプレスをかけてきます。そうなったら危険な位置でボールを奪われる可能性が高くなってしまいます。相手にプレスの矢印を整理させないためには、縦方向のパスが欠かせません。
もちろん一発でバイタルエリアにくさびのパスを入れられたらベストですが、それは困難でしょう。そこで有効なのが「プレパレーションパス」(準備のパス)、通常「プレパ」です【図表】。
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▼プレパレーションパス
近くにいる選手にボールを当ててもらい直すパスのこと。
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「プレパ」をすると、縦方向にボールを出し入れできるので、相手のプレスの矢印を揺さぶることができます。「プレパ」はビルドアップをするときに難易度は高いですが、成功させる技術があれば効果的な手段です。
【メリット2】+−(プラスマイナス)のパスによってゴール前で相手を揺さぶれる
敵陣深くに攻め込んで相手ゴールから遠ざかる折り返しのパスのことを「マイナス方向のパス」と呼びますよね。
ということは、あまりこういう表現は耳にしませんが、相手ゴールラインへ近づくパスは「プラス方向のパス」と呼んでいいはずです。
相手がゴール前でブロックをつくって守っていても、プラス方向とマイナス方向のパスを交互に出すと、相手の目線を前後に振ることができます。
そうなるとどこかでマークがずれたり、相手の誰かがボールウォッチャーになったりするでしょう。レイオフ(くさびのパスを受けた選手がワンタッチで3人目の選手に落とす)はその最たる例です。
ゴール前のフリーランニングにも「+-理論」が使えます。
たとえばゴール前で隣り合った選手がいたとして、片方は裏に抜け、もう片方が立ち止まったとしましょう。相手DFが裏抜けの選手につられたら、立ち止まったもう一人がフリーになりやすい。相手DFが裏抜けの選手についてこなかったら、その選手はペナルティーエリア内でフリーになれるでしょう。
「矢印理論」は「正対」や「CPE」(クリティカル・ポイント・エスケープ)の原則と相性が良く、組み合わせると三者の効果はさらに高まります。
たとえばボールを持ったときに近くにいる敵と正対して、味方2人がY字のポイントに立ったとします。
相手が向かって右を切る矢印を出したら→左へパス
相手が向かって左を切る矢印を出したら→右へパス
守備側のフェイントに対する駆け引きも生まれますが、後出しジャンケンが成功すれば必ず通りますよね。
僕が率いるシュワーボ東京では、「正対」、「CPE」、「矢印」を攻撃の三原則にしています。
<まとめ>
●ドリブルやパスは相手の矢印を見て行うことが重要。
●プレスをかわすには相手のプレスの矢印を整理させない。
●「矢印理論」は正対理論とCPEの原則を組み合わせることでより実践的かつ効果的になる。
著者:Leo the football
日本一のチャンネル登録者数を誇るサッカー戦術分析YouTuber(2023年8月時点で登録者数23万人)。日本代表やプレミアリーグを中心とした欧州サッカーリーグのリアルタイムかつ上質な試合分析が、目の肥えたサッカーファンたちから人気を博す。プロ選手キャリアを経ずして独自の合理的な戦術学を築き上げ、自身で立ち上げた東京都社会人サッカーチーム「シュワーボ東京」の代表兼監督を務める。
構成:木崎 伸也
「Number」など多数のサッカー雑誌・書籍にて執筆し、2022年カタールW杯では日本代表を最前線で取材。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『ナーゲルスマン流52の原則』(ソル・メディア)のほか、サッカー代理人をテーマにした漫画『フットボールアルケミスト』(白泉社)の原作を担当。