●「あの選手にはスキルがある」と言ったとき、人によって頭に思い浮かべるスキルは異なるのではないだろうか。
●柔らかいトラップを想像する人もいれば、オフザボールの動き方をイメージする人もいるだろう。議論を深めるには「スキル」の言語化が不可欠である。本講義では8つの攻撃のスキルについて解説する。
日本はもっとサッカーを「学問的にも捉える」べき
みなさんは日本サッカーとヨーロッパのトップレベルの一番の違いは何だと思いますか?
僕は「サッカーを学問的にも捉えること」だと考えています。
なぜそのプレーを選択したのか。どんな合理性があるのか。ヨーロッパトップレベルでは育成年代から理由を問われ、思考力が磨かれ続けます。それが成長するにつれて「サッカー脳」の差として現れます。
日本はもっとサッカーを学問的にも捉えるべき――。まさにその問題意識が「蹴球学」の原動力になっています。
どんな分野でも学問として成立させるには用語から曖昧さを排除し、正確に定義することが必要です。そこで今回は日本サッカー界であたりまえに使われている用語を掘り下げ、再定義したいと思います。
サッカーにおける“うまさ”=実用性(得点につながるプレー)
まず「攻撃におけるいいプレー」とは何でしょう?
答えは簡単ですね。「得点につながるプレー」です。
競技サッカーにおいて実用的と言える「得点へのプロセスとなるプレー」とも言い換えられます。得点はオウンゴールなどのアクシデントを除いて、一般的にシュートによって生まれます。
では、シュートを打つために何が必要でしょう?
攻撃とはシュートまでの道をつくって、その道の上にボールを走らせることなのです。当然ながら地図のように最初から道が描かれているわけではありませんから、足元の技術だけでなく、目まぐるしく変わる状況の中で最適なルートを見出す「サッカー脳」が必要です。
それらサッカーの攻撃に必要な能力をすべて書き出すと、次のようになるでしょう。
・キックコントロールスキル
・ボールコントロールスキル
・ポジショニングスキル
・タイミングスキル
・ベクトルスキル
・インテリジェンススキル
・ドリブルスキル
・ランニングスキル
この8つのスキルについて、一つずつ見ていきたいと思います。
「8つのスキル」とは?
(1)キックコントロールスキル
狙った場所に思い通りの強さでボールを蹴る技術。より細かく言えば、「止まっているボールを蹴る技術」、「自分に近づいてくるボールを蹴る技術」、「自分から離れていくボールを蹴る技術」に分けられます。
(2)ボールコントロールスキル
次のプレーに移りやすい場所にボールを置く技術。スペイン語の「コントロール・オリエンタード」(次のプレーを意識したボールコントロール)という用語が、日本でも普及してきたと思います。
ただ試合では相手がいるので、いつも自分が置きたい場所に置けるわけではないですよね。そういうときに有効なのは、「前向きの選手にボールを渡す」プレーです。
この代表例がレイオフ(くさびのパスを受けた選手がワンタッチで3人目の選手に落とすプレー)です。現代サッカーではハイプレスをかわすうえで欠かせない手段になっていますよね。
「蹴球学」では、「前向きの選手にボールを渡す技術」もボールコントロールスキルのうちだと考えています。
(3)ポジショニングスキル
チームやシステムによって最適なポジショニングの定義は変わりますが、これまで紹介した「正対理論」と「CPEの原則」に照らし合わせてみると明らかです。ボール保持からチャンスをつくるチームはシステムが何であってもその二つの現象が試合中に多発します。
(4)タイミングスキル
相手ゴールに近づくほど、最初からパスを受けられる位置に立っている場合は相手に次のプレーを予測され、事前にマークにつかれたり、パスを受けたあとに素早く寄せられたりします。そこで相手の背後2、3歩後ろの「死角」で待っておき、「緩急」をつけて最適なタイミングでパスコースに現れることが重要です。それがタイミングスキルです。
ある受け手が敵にマークされているとき、あえて他の敵にマークされている味方に近づくという揺さぶり方があります。
たとえば受け手Aが相手センターバックBにマークされているとしましょう。Aが、タッチライン際で相手サイドバックCにマークされている味方Dに近づくとどうなるでしょうか? しばしば敵BはCへマークを受け渡したつもりになって、Aについていかないという現象が起こります。そうなるとA+D対Cになって2対1の数的優位になりますよね【図表】。「マークの受け渡しミスを利用した2対1」もタイミングスキルのひとつです。
(5)ベクトルスキル
いわゆる最適な体の向きをつくる技術です。ボールを持ったときに自分にプレッシャーをかけてくる相手へ「正対」することがまさにそうです。また、ボールと敵を同一視野に収めるために半身になるといったことも、ベクトルスキルのひとつです。
(6)インテリジェンススキル
最適なポジションを取っている選手・取ろうとしている選手を見つける技術。いくらキック精度が高くても、相手の罠にはめられている味方にパスをしてしまったら攻撃はうまくいきませんよね。
よりゴールに近い位置でフリーになっている選手、よりゴールへ顔を向けてプレーできる選手、といった優先順位を瞬時に判断することが求められます。インテリジェンススキルが高い選手は、チャンスを増やしてピンチを減らすためにすべきことがわかっています。
(7)ドリブルスキル
ドリブルの際に相手の重心を見極め、揺さぶることで逆を突いて抜き去る技術です。よく日本の育成年代で「ボールを持ちすぎるな」という指示がベンチから飛びますが、前方にいる受け手全員がマークされていたら、ボールホルダーがボールを持ち運んだ方がいいときもあります。相手を引きつけたり、相手のマークを惑わせたりするドリブルも、ドリブルスキルのひとつです。
(8)ランニングスキル
ここまであげてきた7つのスキルを発揮するために最適のスピードを選択する能力です。たとえば相手DFラインの裏へ飛び出すときはトップスピードがベストですが、パスを受ける瞬間は減速しておいた方がコントロールしやすくなります。ランニングスキルは「スピードスキル」とも言えるわけです。
どういう軌道で走るかもランニングスキルに含まれます。オフサイドにならないように裏へ走る「プルアウェイ」(バイタルエリアから弧を描くように膨らむ動き)はまさにそうですね。
攻撃がうまくいかないときは上記「8つのスキル」をチェック
こうやって攻撃に必要な能力を言語化すると、選手に何が足りないかも言語化しやすくなるでしょう。
たとえば「あのストライカーは裏抜けのタイミングスキルはあるけど、ランニングスキルがないから裏で受けてもボールが止まらない」というようにです。
ある選手の攻撃がうまくいかないときに、8つのスキルをチェックすると不調の原因が見えてくるはずです。
●日本とヨーロッパトップの違いは「サッカー脳の育成」への向き合い方。
●競技としてのサッカーにおけるうまさとは実用性(得点につながるプレー)である。
●8つのスキルは選手評価や選手ごとの適切な指導に使える。
著者:Leo the football
日本一のチャンネル登録者数を誇るサッカー戦術分析YouTuber(2023年8月時点で登録者数23万人)。日本代表やプレミアリーグを中心とした欧州サッカーリーグのリアルタイムかつ上質な試合分析が、目の肥えたサッカーファンたちから人気を博す。プロ選手キャリアを経ずして独自の合理的な戦術学を築き上げ、自身で立ち上げた東京都社会人サッカーチーム「シュワーボ東京」の代表兼監督を務める。
構成:木崎 伸也
「Number」など多数のサッカー雑誌・書籍にて執筆し、2022年カタールW杯では日本代表を最前線で取材。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『ナーゲルスマン流52の原則』(ソル・メディア)のほか、サッカー代理人をテーマにした漫画『フットボールアルケミスト』(白泉社)の原作を担当。