●世界中で戦術家と呼ばれる監督が増えているものの、どのリーグでも彼らが必ずしも好成績を残すわけではない。アバウトな戦術で優勝する監督だってたくさんいる。本講義では「合理的でない戦術」のメリットを考える。
名将が「あえて非合理的な戦術」を選ぶ瞬間
ペップ・グアルディオラ率いるマンチェスター・シティの試合を見ていると、攻守において細かいこだわりを見つけられておもしろいのですが、ときどきこう感じることがあります。
「なんでこの試合では、合理的でないやり方をしているんだろう?」
シャビ率いるバルセロナやミケル・アルテタ率いるアーセナルを見ていても同じです。たとえばアーセナルは「サイドバックを低い位置で張らせない」という原則を守っているときもあれば、守っていないときもあるんです。
しかし、ペップやアルテタが非合理的な選択を選んでしまったとしても放置し続けるとは思えません。何か理由があるはずです。
本連載ではこれまで合理的なサッカーを実現するための原則を紹介してきました。それらをあえて逆の視点から見て、「合理的でない戦術のメリット」を考えてみたいと思います。
まず「合理的」という言葉を正確に定義しておきましょう。
合理的な戦術とは、チャンスを増やしてピンチを減らすための戦い方です。相手がグーを出したらパー、パーを出したらチョキという感じで、常に後出しジャンケンをできるのが理想で、そのためには攻守においてバリエーションが必要です。
つまり「合理的」=「運や選手の質に頼らない戦い方」ということです。
3つの「合理的ではないことが結果的にうまくいく」例
それでは具体的に「合理的ではないことが結果的にうまくいく」例を見ていきましょう。
【①後方でパスコースをつくらない→前線に人が多くロングボールに強い】
GKがボールを持ったときに、相手がプレッシャーをかけてきたとしましょう。合理的なチームであれば迂回経路を用意すべく、DFの一人が降りてGKの横に立つのが原則です。また、他の選手がGK近くにいる敵の斜め後ろに立つのも原則です。
一方、非合理的なチームはGKの横に選手が降りようとはしませんし、敵の斜め後ろに立とうともしません。そうなるとGKは一か八かロングボールを蹴るしかなくなりますよね。
しかし、「ボールをつながなくてもいい」と割り切ったらどうでしょう。その場合、後方でパスコースをつくろうとしないことには次のメリットがあります。
●選手が後方に下がらない分、前線に選手が多く、ロングボールのこぼれ球を拾いやすい
●相手ボールになったとしても、DFラインより前にフィルターが多い
●センターバックがGKの横に降りないので、DFラインが乱れない
●一か八かの縦パスにチャレンジしやすい
最後の「一か八かの縦パスにチャレンジしやすい」を理解してもらうには、少し補足が必要でしょう。
合理的な戦術を採用して、受け手がポイントに立ち、相手の守備ラインを1つずつ越えて前進すると確実性は高まりますが、フィニッシュワークまでに段階を踏まなければなりません。
それに対して「ボールをつながなくてもいい」と割り切ると、少々のボールロストは許容できます。守備ラインを1つずつ越える必要はなく、一か八かの縦パスを大胆に狙え、通らなければピンチですが、もし通ったらいきなりビッグチャンスになります。
【②サイドバックが低い位置で張る→相手を引きつけて一気に裏】
サイドバックが低い位置(サイドフロント)に立ってパスを受けると、中央へのパスコースを切られ、ウイングには縦パスを出せるものの、そのウイングは相手を背負った状態でしか受けられないという状況に陥ります。
しかし場合によっては、サイドフロントを使うことがメリットになります。
●相手のプレスの移動距離が若干遠くなるためサイドチェンジのボールを蹴るまでの時間をつくれる
●相手を引きつけてのスペース創出=サイドバックや周りの選手が相手に対して圧倒的な質の優位性があればボールを失わずに済み、ボールを奪おうとしてくる相手を引きつけられるため逆サイドや裏にスペースをつくれる
●低い位置で絞った状態でボールを失う場合よりも、張っていて失った方が自陣ゴールまでの距離が遠く角度も少ないので、ピンチに直結しにくい
【③ウイングがファジーゾーンに立たない→パスカットインで突破】
相手サイドバックと相手サイドハーフの中間を「ファジーゾーン」と言います。ウイングが前向きにパスを受けてそのまま相手サイドバック(もしくは相手ウイングバック)にドリブルを仕掛けられる位置ですね。
そこに攻撃者が立つことで、相手サイドバックと相手サイドハーフの判断を惑わせ、相手の陣形を横に伸ばす効果があります。合理的なチームでは「ファジーゾーン」に立つのが原則です。
では、ウイングが「ファジーゾーン」より高い位置に立ち、相手のサイドバックに掴まったらどうなるでしょうか? 普通に考えたら、そこへパスを通すのは簡単ではないですよね。
ところが、アーセナルはこの状況からでも打開できるんです。ウイングが瞬間的に外から中に入って受ける「パスカットイン」を実行しているからです。
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▼パスカットイン
サイドバックがボールを持っているときに、高い位置で張っているウイングがタイミングよく内側へ動き、そこへパスを通す連携。フットサルで言うところの「アラコルタ」。
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もしパスが通ったら相手を1人抜いたのと同じ状態になり、一気にゴールに迫ることができます。
当初、アーセナルではこの連携がうまくいかず、何度もウイングのところでボールを失っていました。しかし次第にタイミングが合うようになり、今では「パスカットイン」が大きな武器になっています。
「うまくいく」ためには、“選手の質”が大前提
ここまで3つの「合理的ではないことが結果的にうまくいく」例を見てきましたが、ひとつ注意が必要なのはこれらすべてにおいて選手個人の特別な質を前提としているということです。
(1)ロングボールから打開→フィジカルが強いセンターフォワードが必要
(2)サイドバックが囲まれて突破→技術に優れたサイドバックが必要
(3)パスカットイン→サイドバックとウイングの質が必要
もちろん「合理的なサッカー」をするうえでも一定の質は必要です。ピッチ上に一人でも原則を実行できない選手がいると理論が崩れてしまうからです。原則を徹底できずに「中途半端な合理的なサッカー」になるのが一番ダメなパターン。「合理的でないサッカー」には緻密さがない分、そういう脆弱性(壊れやすさ)がありません。
ただし、「合理的でないサッカー」に求められる質は非常に高く、そのリーグレベルにおける特別な存在でなければ成立しません。
運頼みの部分を許容して、特別な個人をそろえるか。脆弱性を乗り越えて、原則にこだわるか。
より普遍性があり、よりチャンスを増やしてピンチを減らせるスタイルを目指せるのは後者ですが、サッカーを学問的に教育されている選手が少ない日本サッカーだと、選手のキャラクターや自身が任されているチームの環境に合わせて指導者が「追求と妥協のバランス」を取りながら最適解を導き出すべきというのが僕の考えです。
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<まとめ>
●相手と比べて圧倒的に質の高い選手がいると非合理的なサッカーにもメリットが生まれてくる。
●合理的なサッカーは全員が理解しないと成立しない。
●選手個人の質に頼ると安定感や継続性に欠けるが、そういったサッカーの方が脳の負荷は低いので指導者は選手や組織を観察・把握して何を合理化し何を選手任せにするべきか熟慮する必要がある。
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著者:Leo the football
日本一のチャンネル登録者数を誇るサッカー戦術分析YouTuber(2023年8月時点で登録者数23万人)。日本代表やプレミアリーグを中心とした欧州サッカーリーグのリアルタイムかつ上質な試合分析が、目の肥えたサッカーファンたちから人気を博す。プロ選手キャリアを経ずして独自の合理的な戦術学を築き上げ、自身で立ち上げた東京都社会人サッカーチーム「シュワーボ東京」の代表兼監督を務める。
構成:木崎 伸也
「Number」など多数のサッカー雑誌・書籍にて執筆し、2022年カタールW杯では日本代表を最前線で取材。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『ナーゲルスマン流52の原則』(ソル・メディア)のほか、サッカー代理人をテーマにした漫画『フットボールアルケミスト』(白泉社)の原作を担当。