中古車販売店に混在する「質のいい車・質の悪い車」…知識のない客がうまく購入する方法は?【情報の非対称性の問題】

中古車販売店に混在する「質のいい車・質の悪い車」…知識のない客がうまく購入する方法は?【情報の非対称性の問題】
(画像はイメージです/PIXTA)

「情報を持つ人」と「情報を持たない人」が取引を行う際、情報を持たない人はしばしば不利になりがちです。しかし、それをカバーする取引の手法がいくつか存在します。具体的に見ていきましょう。※本記事は、東洋大学経済学部教授・川野祐司氏の『これさえ読めばサクッとわかる 経済学の教科書』(文眞堂)より抜粋・再編集したものです。

「情報を持つ相手」と「情報を持たない自分」が渡り合う方法

親が子供に勉強をさせる場面をイメージしてみましょう。

 

子供は自分のことなので勉強をしているかどうか情報を持っていますが、親は持っていません。親は子供に勉強をしてほしいという依頼人(プリンシパル)で、勉強をすることを課せられた子供は代理人(エージェント)です。

 

このような関係をエージェンシー問題といいますが、患者と医師、株主と企業経営者、クライアントと弁護士など様々な場面で登場します。依頼人にとって、代理人が真面目に仕事に取り組んでいるのかどうか分からないというのは問題です。

 

[図表1]エージェンシー問題

 

情報の非対称性を克服する方法の1つにモニタリングがあります。代理人がきちんと仕事に取り組んでいるかどうか依頼人が監視する方法です。モニタリングは有効ですが、依頼人は常に代理人を見ていなければならず、依頼人自身の活動ができません。誰か第三者の人に監視させることも考えられますが、今度は第三者の人との間にエージェンシー問題が発生します。何か工夫が必要です。

 

このようなときには、成功報酬や歩合制賃金などのインセンティブ契約を結ぶことが効果的です。インセンティブ契約は成果に応じて報酬を支払うもので、期末試験が70点ならおこずかい3000円、90点なら5000円というように細かく条件を設定することもできます。報酬をもらうために代理人が努力することが予想されるため、モニタリングの必要がありません。

 

似たような契約に、ペナルティ契約があります。これは失敗に対して罰を与えるものですが、一般に、インセンティブ契約よりも代理人の努力水準が下がると考えられています。

 

情報の非対称性を無くすのではなく、契約を用いることで情報の非対称性があっても目的を達することができる、というところがポイントです。

「経営者のやる気を高める契約」を行う

インセンティブ契約の応用例としてストックオプションがあります。

 

ストックとは株式のことで※1、企業経営者に報酬として株式を付与することを指します。例えば、1万株の株式を報酬として支払いますが、売却できるのは3年後だとしておきます。現在の株価が1株1000円であれば1万株には1000万円の価値がありますが、3年間で株価が2倍の1株2000円になれば、報酬も2倍になります。株主が経営者をモニタリングしなくても経営者は自分の報酬を高めるために努力することが予想されます。

 

※1 株式市場については、川野祐司『これさえ読めばすべてわかる 国際金融の教科書』文眞堂の第2章を参照のこと。

 

ストックオプションには税制上の問題点もありますが、徐々に広がってきており、従業員に付与する例も出てきています。

 

[図表2]ストックオプション

合理的な取引をしようとして、逆に失敗するケース

情報を持っている方は情報がない方に比べて有利に取引を進めることができます。

 

情報を持っていない方は何とか合理的に取引を進めようとしますが、これがかえって悪い結果を招くことがあり、逆選択といいます※2。逆選択を中古車市場の例で説明したレモンの原理は有名です。

 

※2 「悪貨は良貨を駆逐する」というグレシャムの法則も逆選択を表しています。金貨が使われていた時代、コインの縁をわずかに切り取った金貨は悪貨、縁がきれいな金貨は良貨として扱われていました。人々は悪貨を手に取るとすぐに使い、良貨を使わずにしまい込んだため、町には悪貨のみが流通することになったことを表しています。

 

中古車販売店では、ピーチと呼ばれる質のいい中古車とレモンと呼ばれる質の悪い中古車が売られています。売り手の販売店はレモンとピーチを見分けられますが、買い手には見分けがつきません。ピーチは高い価格で、レモンは低い価格で売られているはずですが、販売店は情報の非対称性を利用してレモンに高い価格を付けているかもしれません。

 

そこで、買い手はレモンとピーチの間の価格で買いたいと申し出ます。レモンとピーチが半々で存在すると予想していれば、購入希望価格はレモンとピーチのちょうど中間になります。これは合理的な方法ですが、販売店はこの価格ではレモンしか売りません。市場にレモンしかないと気付いた買い手は、いつもレモンの価格で買おうとし、ピーチの取引がなくなってしまいます。良いものを買おうと知恵を絞らせた結果、悪いものを手にしてしまう逆選択の一例です。

 

解決方法の一つはシグナルです。中古車情報誌が第三者の目で見て中古車に三つ星や四つ星などの格付けを付与すれば、買い手は車に詳しくなくても状態を把握することができます。ブランドも一種の格付けです。また、品質保証を付けることで買い手が品質について情報収集する必要がなくなります。壊れたら保証を使って無料で修理してもらえるからです。このような工夫も、情報の非対称性があるままで問題を解決するものです。

保険に入ることで保険加入者の行動が悪化する、モラルハザード

モラルハザードとは、保険に入ることで保険加入者の行動が悪化することをいいます。

 

保険は保険商品に限らず、損失をカバーできるものであれば何でも当てはまります。「大学の試験の点数が低かったとしてもレポートを出せば単位を認定する」という方式では、レポートが保険の役割を果たしています。試験勉強をせずに点数が低くてもレポートがあれば単位が認定されるため、学生があまり勉強をしなくなることがモラルハザードです。

 

自動車保険に入ると修理代が保険で賄えることから運転が荒くなる、銀行が破綻しても税金で救済されるため経営者がリスクの高い経営をするようになる、などもモラルハザードの例です。

 

Exercise

 

以下の文章のうち正しいものはどれか。

 

1:情報を持っている人と持っていない人の間に発生する問題を解決するためには、確率を使うのがよい。

 

2:医師が適切な治療を行うかどうかが分からないことをモラルハザードという。

 

3:リスクを取り扱う保険会社は危険愛好者である。

 

4:喫煙者と禁煙者に同じ金額の保険料を課すと逆選択が生じる。

 

~・~・~・~・~・~・~・~

 

Answer

 

1:誤り。契約を使うのがよい。

 

2:誤り。エージェンシー問題という。

 

3:誤り。保険会社は危険中立者である。

 

4:正しい。喫煙者にとっては保険料が割安になるため保険に加入し、禁煙者にとっては保険料が割高になるため保険に加入しない。結果として保険契約者は死亡率の高い喫煙者ばかりになる。

 

 

川野 祐司
東洋大学 経済学部国際経済学科 教授

これさえ読めばサクッとわかる 経済学の教科書

これさえ読めばサクッとわかる 経済学の教科書

川野 祐司

文眞堂

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