「人間は気まぐれで不合理」…経済学の大前提が覆ると、ミクロ経済学・マクロ経済学の「問題点」が見えてきた

「人間は気まぐれで不合理」…経済学の大前提が覆ると、ミクロ経済学・マクロ経済学の「問題点」が見えてきた
(画像はイメージです/PIXTA)

経済学は、一定の前提条件のもとに構築されている学問です。しかし、その前提条件が覆ったとき、従来のミクロ経済学やマクロ経済学の問題点が見えてきます。経済学者である著者の考えをもとに探索してみましょう。※本記事は、東洋大学経済学部教授・川野祐司氏の『これさえ読めばサクッとわかる 経済学の教科書』(文眞堂)より抜粋・再編集したものです。

強気になるし、パニックにも陥る…人は「合理的ではない」存在

経済学では経済主体は合理的に行動すると仮定しています。それは、計算が簡単になるからです。

 

しかし、人間は合理的ではありません。リスクを顧みず強気になったり、パニックに陥ったり、先入観で判断したりします。また、常に自己の利益の最大化を考えているわけではなく、他者の利益になる選択をすることもあります。そもそも人間は気まぐれです1。きちんと計算したうえで的確な判断を下すという経済学の前提は成り立ちません。

 

※1 大脳生理学では神経細胞の発火にあいまいさがあることが分かっています。

 

[図表1]人間は合理的ではない

経済モデルは「生産物の廃棄」までの考慮が求められている

経済学はもともと資源が希少であることを前提としています。限りある資源を有効に使うために、資源の最適な配分が不可欠です。完全競争市場は最も効率的な市場で、税制などで市場を歪めると死荷重が発生します。

 

しかし、経済学では生産や流通などの過程で生じる環境負荷、消費後の廃棄などが考慮されていません。経済活動の結果、化石燃料の消費、温室効果ガスの排出、水資源などの乱用、ごみの廃棄・処理などで環境に負荷をかけています。

 

特に魚などの海洋生物資源は枯渇が現実味を帯びてきており、今後も漁業や食品加工業が成り立つのか危惧されています。海洋にはプラスチックなどのごみも流出しており、海洋の汚染が人間の健康にも影響を与えるのではないかと危惧されています。

 

化石燃料の消費による気候変動問題は、自然災害などの形で経済的な損失を発生させるだけでなく、金融市場ではESG投資2による化石燃料関連企業の選別が進んでいます。たとえ、石炭火力発電の資本の限界効率が高かったとしても、銀行や投資家は資金を貸してくれない状況が生まれています。

 

※2 環境、社会、企業統治への取り組みを促す投資。多くの投資ファンドがESG投資の考え方を取り入れています。

 

私たちの生活に身近な問題としては、ペットボトルの水があります。日本の多くの場所では水道水が安全に飲めますが、ペットボトルの水が流通しています。生産や流通の過程で温室効果ガスが排出されるフットプリントの問題だけでなく、使用済みのペットボトルも環境を汚染します。

 

日本ではペットボトルの回収率は高いですが、大部分が東南アジアなどに輸出されていました。中国や東南アジアは先進国からのプラスチックごみの輸入を禁止し始めており、日本国内でペットボトルなどのプラスチックごみが行き場を失って溜まり始めています。

 

環境経済学は経済活動と環境の関係を扱いますが、基礎的な経済理論の分野でも、生産物の廃棄までを考えた経済モデルの必要性が高まっています。

 

[図表2]経済活動は環境への負荷を生む

資金は「誰が使っても同じ」なのか?

経済学では、投資乗数と政府支出乗数は同じ値になります。しかし、実際には政府部門よりも民間部門の方が効率よく資金を使うことができることが知られており、多くの国で国営企業の民営化が進められています。

 

IS-LMモデルでは、政府支出はクラウディングアウトを発生させますが、それでも、政府支出の増加はGDPを増やすというのが結論です。

 

しかし、政府支出の効果が過大評価されているかもしれません。マクロ経済学では、政府支出の使い道については考えていないからです。政府支出の使い道は政治的に決められるため、建物などその後の活用が見込めないものにも支出されることがあります。国債を発行せずに民間に資金を使わせた方が経済に役立ちます。

金融緩和に効果はあるのか?

金融緩和はマネーストックを増やしてLM曲線を右にシフトさせます。利子率が低下することで、企業の設備投資が増加してGDPを増やします。日本やヨーロッパではマイナス金利政策が採られており、利子率がゼロを下回っていました。このような政策の背景には、投資関数が利子率の減少関数だということがあります。利子率が下がれば下がるほど投資が増えます。

 

マクロ経済学では、利子率がマイナス2%のとき、収益率(資本の限界効率)がマイナス1%の投資を実施します。しかし、現実の企業は収益率が低い投資を実施しません。特に株式を上場している企業は、株主から資本効率3の向上を求められており、利子率との比較だけでは投資に踏み切りません。

 

※3 ROE(株主資本利益率)やROIC(投下資本利益率)などの指標が重視されており、超低金利の環境下でも一定以上の収益率が求められています。

 

[図表3]収益率が低すぎる投資は実施されない

 

超低金利には企業の設備投資が増えないという問題の他に、住宅ローンが増えるという問題もあります。住宅ローンは利子率が下がれば下がるほど増える傾向にあり、貯蓄や所得の低い人も借金をするようになります。所得の低い人が無理をして住宅ローンを借りると、景気の悪化などで返済できなくなるリスクが高まります。

 

2008年のリーマンショックでも住宅ローンは経済に大きな影響を与えました。過度な金融緩和は経済を不安定化させる要因になっています。

人口の増加は「経済成長」につながるか?

成長会計では、労働人口が増えると経済成長率も高まりました。しかし、そのためには増えた人口が雇用されて十分な収入を得る必要があります。2010年代にはAI(人工知能)やPC上のロボットであるRPA(ロボティックプロセスオートメーション)などが幅広く導入され、人間が行う業務が減りつつあります。

 

プログラミングなどの分野では新しい仕事も増えていますが、総合的に見ると仕事の数は減ると考えられています。そのような状況で人口を増やす政策は、失業者や無業者を増やして財政に負担を与えるだけかもしれません。

 

ヨーロッパでは、15-45歳の層を見ると、2010年代に人口減少を上回る勢いで雇用数が減少しています。男性の方が女性よりも厳しい状況にあり、大卒の賃金の伸びもインフレ率を下回っています。雇用を大量に生み出す新しい産業が生まれない限り、人口増加政策は経済に負担になるだけです。

GDPを追い求める政策の意義

GDPはたった1つの数字で経済を俯瞰できる便利な数値ですが、政策目標にするべきかは疑問の余地があります。2010年代には、GDPが増加したものの市民の生活が改善せず、世界各地で政府を批判するデモが発生しました。

 

また、GDPを巡るマクロ経済学の理論の多くは短期の視点のものであり、長期的な視点に欠けています。2020年にはコロナウイルスの世界的な流行で経済活動が停滞し、各国政府は経済対策を講じました。しかしそのほとんどは目の前の問題に対処するだけであり、デジタル化の推進などの長期的な対策が見られませんでした。大幅に減少したGDPを政策で補おうとしたためです。

 

目先のGDPの数字に注視しすぎると、近視眼的な発想しか生まれません。災害などが発生すればGDPが下がるのは当然のことであり、数値を取り繕うことには意味がありません。経済や社会にとって何が必要なのか、という発想で経済政策を考える必要があり、短期的なGDPへの配慮は不要なはずです。

 

経済学は完成された学問ではありません。現実の経済と経済学の理論のギャップを埋める新しい考え方が生まれ、理論が修正されていきます。経済学は私たちの社会を理解するための重要なツールですが、万能ではないということを知った上で使う必要があります。

 

 

川野 祐司
東洋大学 経済学部国際経済学科 教授

 

 

これさえ読めばサクッとわかる 経済学の教科書

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川野 祐司

文眞堂

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