「計算単位」「流通手段」「価値保存」…通貨がもつ3つの機能
通貨は時代により形を変えています。古い時代には、貝殻や石などが通貨として使われていました。貨、貸、資など、お金に関する漢字には「貝」が含まれています。現在では、紙幣(お札)と硬貨(コイン)が通貨ですが、銀行預金も通貨です。
通貨は計算単位、流通手段、価値保存という3つの機能を持ちます。
計算単位とは、物の価値を計る機能です。日本では「円」を単位として、ノートは100円、ピザは2000円のように表します。近世以前では地域によって通貨の単位が違ったり、1つの地域の中で複数の種類の通貨が流通したりしていました。
例えば中世のヨーロッパでは、スターリング銀貨、マルク銀貨、リーブル銀貨、ソルド銀貨などが各地域で流通していました。商人にとっては非常に不便だったため、グロ銀貨という計算上の銀貨を創って取引に使っていました。後に、実際にグロ銀貨を鋳造する地域も出てきています。統一的な計算単位は取引を円滑にする役割を担っています。
流通手段は取引の仲立ちをする機能です。もし通貨がなければ経済は物々交換になり、パンを食べたい酪農業者は牛乳を必要としているパン屋を探す必要があります。この取引では、相手を探すのは比較的簡単ですが、ケーキを食べたい経済学者は経済学の講義を聞きたいケーキ屋を探す必要があり、相手を見つけるのは非常に困難です(経済学者としては残念です)。
自分が持っているものを相手が欲しがらなければ取引が成立しないことを要求の二重の一致といいます。社会の規模が拡大して財の種類が多様化すると、要求の二重の一致は大問題になります。通貨があれば、経済学の講義をして通貨を手に入れ、その通貨でケーキを買うことができます。この面でも、通貨は取引を円滑にする役割を担っています。
価値保存とは、通貨を利用しないときに、保存が可能だということです。価値尺度と流通手段だけを見れば、イワシでも通貨の役割を担えます。しかし、冬にもらったイワシを夏に使おうとしても、イワシは腐って原形をとどめていないでしょう。通貨はある一定期間、形や価値を保つ必要があります※1。
※1 ここでいう価値は主観的な価値です。通貨となるものに自分が価値を認めるのではなく、取引相手が価値があると認めてくれることが大切です。
そこで、金属が通貨として選ばれました。中でも金(きん)は少量で価値が高く、加工も簡単です。技術が未熟な時代には、人々は通貨そのものを資産として保有していました。現在では株式や債券、美術品や家具、土地など様々な資産を容易に購入することができるため、価値保存には通貨ではなく資産を保有すべきです。
その理由の1つに、通貨はインフレに弱いという弱点があります。10000円札は、インフレが生じて物価が2倍になると、実質価値が5000円になります。株式などがインフレを避けるのに有用かどうかは意見が分かれていますが、インフレが生じると株価は上昇することが多く、インフレにある程度は対抗することができます。
電子マネーにデジタル通貨…通貨市場&金融市場への影響は?
通貨には3つの機能がありますが、電子マネーや商品券などもこれらの機能持っているといえます。しかし、日本の法律では通貨として認められていません。法律で認められた通貨を法定通貨(法貨)といい、日本の法定通貨は6種類の硬貨と4種類の紙幣です※2。これらには強制通用力が付与されており、取引の際に、紙幣や硬貨の受け取りを拒否することができません※3。
※2 日本では過去に発行された100円札なども法的に有効となっています。
※3 硬貨の強制通用力は額面の20倍までとなっています。つまり、10円玉では200円まで強制通用力があり、250円の買い物では店側が「50円玉や100円玉を使ってください」と要求できます。紙幣の強制通用力には制限がありません。逆に言えば、電子マネーで支払おうとする相手には、「お札にしてください」と要求することができます。電子マネーには強制通用力がないためです。
ビットコインなどの仮想通貨(暗号資産)は、法定通貨ではありませんが、世界中で利用実績が徐々に増えています。多くの人が使えば使うほど通貨としての役割を果たすようになる効果を、ネットワーク外部性といいます。
世界ではキャッシュレス化が進行しています。地域によって方法が異なりますが、デビットカードやクレジットカードを使う銀行預金の利用と電子マネーの利用に大きく分かれます。現金から銀行預金に移項するタイプのキャッシュレス化は、どちらも通貨に分類されるものを使っているため、通貨市場に大きな影響を与えません。電子マネーも現金や銀行口座からチャージするものがほとんどですので、ATMから現金を下ろすのと同じです。通貨市場への影響は小さいと考えられます。
近年は、中央銀行がデジタルな通貨を発行する動きが出ています。国際的には中央銀行デジタル通貨(CBDC)と呼ばれています。執筆時点では、電子マネーと同じ形のデジタル通貨が発行されていますが、銀行預金のように使えるものが発行されると、多くの人が銀行預金を解約すると考えられており、通貨市場や金融市場に大きな影響を与えると考えられています。
川野 祐司
東洋大学 経済学部国際経済学科 教授