(写真はイメージです/PIXTA)

21年10月に岸田政権が掲げた「新しい資本主義」には、成長戦略の1つとして「経済安保」が盛り込まれました。成長戦略に経済安保を入れることを不思議に思う向きもありましたが、経済安保の強化は世界的な流れであり、日本にもこれを強化する仕掛けづくりが求められています。本稿では本稿では、ニッセイ基礎研究所の矢嶋康次氏が、直近のデータを基にこれからの日本の経済安保の行く末を考察します。

5―国際ルール形成の中核、経済安保推進で価値観の変化を捉える

最後に、制約要因である経済安保を成長につなげる方法について考えたい。

 

2021年10月に岸田政権が掲げた「新しい資本主義」には、成長戦略の1つとして経済安保が盛り込まれた[図表6]。なぜ経済安保が成長戦略に入っているのかという多くの疑問の声を聞いたが、経済安保の強化は世界的な趨勢であり、日本も成長につなげる仕掛けを考えなければならない。

 

 

まず前提として、日本が絶対に降ろしてはならないのが“自由貿易”の旗である。日本はグローバル化で恩恵を受ける国であり、資源に乏しい日本が成長していくには、殻に閉じ籠るという選択はあり得ない。

 

その上で日本は、国際的なルール形成の場で、勝ち抜くことが必要になる。超大国の米国と中国が対立する中、欧州は大きな需要国となることで、ルール形成のど真ん中に出ようとしている。少子化で人口減少が進む日本は、需要国としてのパワーは落ちていくが、ルール形成の場で踏ん張ることが、日本の製品やサービスを世界に売るルートを確保することにつながることを理解しなければならない。例えば、環境分野ではEV(電気自動車)が主戦場になりつつあるが、早く国内の議論などをまとめ、日本の主張を国際的なルールに反映しないと、グローバルで勝ち抜く前提が崩れてしまう。

 

日本には、追い風が2つ吹いている。その1つは、価値判断基準の変化だ。日本は「成長センター」となる潜在能力を秘めるASEAN(東南アジア諸国連合)からの信頼が高い国である。これまで日本の製品は、韓国や中国などの製品より高いといった理由で、なかなか売れない時代が続いて来た。しかし、経済安保が世界の趨勢になると、信頼性が高いことが、製品を購入する際の判断基準として重要になる。信頼性があり高品質な日本の製品にはプラスとなる。

 

 

もう1つは、デジタルとリアルの融合だ。日本はデジタル化で、米国や中国から大きく引き離されて来た。しかし、これからはリアルな製造の現場に、デジタルが組み込まれるシーンが増えて行く。そうなれば、世界的にみても裾野が広い製造基盤を持つ日本は有利になるはずだ。経済安保の中核には、製造業や基幹インフラがあり、日本の製造業には復権の追い風になる。

 

次に、これらを追い風にして成長するために不可欠になるのがエネルギーだ。電気のないところにデジタル化が起きることはない。エネルギー自給率の低い日本にとって、エネルギー確保に向けて何をするのか、すなわち原子力や再生可能エネルギーを含めて方向性をはっきり決めることが、世界から投資を呼び込むことにつながる。政府が重視する半導体産業の復権も重要な課題だ。半導体は安保や競争力の強度を左右すると同時に、能力の向上はエネルギーの利用効率性も高める。

 

これらの推進には、データの重要性にも注目したい。デジタルとリアルが融合する中で、製品の安全性や品質を担保するにはデータが必要になる。今のところ、日本でデータに基づく政策、あるいは企業経営ができているのかについては、疑問符を付けざるを得ない。データで何事もできるようにするため、できる限り早期にインフラを整備し、考え方を根本から転換する教育を始める必要がある。

 

なお、政策面では、予見性の確保も重視すべきだ。米国は対中規制を厳しく実施して来たが、中国への企業投資計画は、2021年には増加に転じている。米国では、禁止事項が明確に決まるため、企業はそれ以外に投資しようとする。一方、日本の場合は、経済安保に関する法律や制度について、裁量の幅を持ちたがるため、灰色な部分が多くなるのではないかという不安がある。そうなると何をしてはいけないかが明確にならないため、企業は行動に消極的になる。それを避けるには、日本でも法律や制度の予見性を高めることが必要だ。以上の内容を貫徹できれば、日本は経済安保の追い風を生かし、成長していくことができるだろう。

6―おわりに

岸田政権の政策の中でも、経済安保は重要なテーマである。2021年10月に政権の戦略が公表された際には、経済安保を成長戦略に入れることを不思議に思う向きも強かったが、今般のウクライナ侵略により新冷戦の構造が明確になったことで、優先順位が変化したことが明らかになった。すなわち、コスト最適化のみを追求し、制約のないグローバル化を続けることは、最早不可能になったということだ。つまり、経済安保をしっかり構築できない国は、戦略がないということになる。その意味では、昨年時点で走り出した岸田政権は、先見の明があったと言える。

 

現在の成長戦略の建て付けは、日本の将来を考えたとき重要なポイントを多く含んでいる。将来の国力に直結する科学技術、日本の勝ち筋であるデジタル、世界的な潮流である脱炭素化、注力すべき分野に誤りはない。

 

ただ、これを如何に実現するかは難しい課題だ。岸田政権の政策運営は、第二次安倍政権と同じ形になっていくと予想される。すなわち、外交安保はタカ派、内政はハト派だ。

 

安倍政権は発足後2年も経たないうちに、一億総活躍や全世代型社会保障といった話を打ち出した。これらは、野党が当時主張していた政策を丸飲みしたものである。岸田政権に替わって言葉は変ろうとも、基本的な骨格のほとんどを踏襲している。安倍政権では、始めに金融・財政・成長を掲げたが、マクロで進まなくなった段階で、特区といったところに政策転換した。サプライサイド改革をするという主張であったが、実際には何も進展していない。ただ、外交・安保では、2013年に特定秘密保護法、2015年に平和安全法制(集団的自衛権)、2017年に共謀罪法を成立させた[図表8]。賛否は当然あるが、これが今無ければ、今般の危機に対応できなかった可能性は高い。つまり、外交・安保のタカ派的政策を通すために、内生の成長戦略である規制緩和には踏み込めなかったのが安倍政権と言える。岸田政権も今後、外交・安保はタカ派に動き、内政はリベラル色の強い政策になると考えられる。

 

しかし、エネルギー政策や供給面の対応は、待ったなしの課題となっている。方針を決め切って、手を打って行かなければ、既に自らの行く末を決め切った諸外国に、経済安保やデジタル・リアルの主導権を、すべて持って行かれることになりかねない。政府が方針を固めれば、民間は供給力を上げる投資に打って出ることができる。官民が全力で取り組めば、海外の評価が上がり、日本の勝ち筋への投資も増えることになろう。これをやり切れるかどうか、いま正念場に来ていると言える。

 

 

 

日本経済研究センター大阪支所での講演、その講演抄録をもとに作成

 

 

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※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2023年7月12日に公開したレポートを転載したものです。

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