(画像はイメージです/PIXTA)

日本には多数の中小企業がありますが、その多くが事業承継に悩んでいます。ここでは、従業員への事業承継の方法と注意点を見ていきましょう。公認会計士・税理士の岸田康雄氏が解説します。

企業の「従業員承継」の考え方は、基本的に親族内承継と同じ

生徒:私の父は会社を経営していますが、後継者がいなくて困っています。長女である私をはじめ、きょうだいはみんな、父の会社の経営者になるつもりはありません。このような場合、どうしたらいいでしょうか?

 

先生:従業員へ承継するか、同業他社へ会社を売却するしかないと思います。

 

生徒:そういえば、父が以前「従業員の中村さんに経営を引き継いでほしい」と言っていたことがあります。

 

先生:従業員への事業承継の場合も、検討すべきことは親族への承継の場合とほとんど変わりません。いずれも、事業承継の前に事業の現状を把握し、存続と成長が可能かどうか検討する必要があります。

 

生徒:父の会社は繁盛しているようなので、事業性は問題ないと思います。「中村さん」は社内のトップ営業マンですから、次の社長として最適ですね!

 

先生:いや、そうとは言い切れません。優秀な営業マンでも、戦略立案や経営管理といった社長の仕事ができるかどうかは別問題なのです。何より「経営管理の仕事なんて大嫌い」だという人は意外と多いのですよ。

 

生徒:そうなんですか…!

株式と経営者保証の引継ぎ…「なるはや」で共有すべき情報とは

生徒:では、従業員へ事業承継する場合、会社の株式はどうなるのでしょうか。タダで渡すことになりますか?

 

先生:いいえ。そういうわけにはいきません。株式は有償での譲渡となるので、後継者は株式を買い取らなければいけないのです。

 

生徒:では、買取り資金はどうするのでしょう? 自己資金が足りなければ、銀行から借りることになりますか?

 

先生:そうですね。恐らく銀行からの融資が必要でしょう。それに加え、借入金の経営者保証も引き継がなければいけません。これが重大な問題となります。

 

生徒:借入金の金額を知ったら、事業承継を拒否されるかもしれませんね…。

 

先生:その通りです。だからこそ、借入金の状況は早い段階で後継者に知らせておくべきだといえます。

「株式評価額」引下げ手法(1)…事業譲渡

生徒:もしかすると、父の会社の株式の評価額はとても高いかもしれません。万一、買い取ることができないほど高い評価額だったら、どうなるのでしょうか?

 

先生:その場合は、買い取りが難しくなります。ただ、解決策は2つあります。ひとつは株式評価を下げてから譲渡する方法です。余った現金預金や生命保険の解約返戻金を現経営者に退職金として支払うか、配当金として分配すれば、株式評価額は低下します。

 

生徒:なるほど。株式の評価額を引き下げることができるんですね。

 

先生:もうひとつは、会社全体ではなく「事業だけ」を切り出して譲渡する手法、すなわち「事業譲渡」です。余剰資金や生命保険契約は会社に残し、営業用資産と負債のみ後継者へ譲渡するのです。この手法なら、従業員が手を伸ばせる金額まで譲渡価額を抑えることができます。

「株式評価額」引下げ手法(2)…不動産の切り離し

生徒:父の会社の株式の評価額が高いのは、不動産を所有しているからだと思います。その場合、どうすればいいのでしょうか?

 

先生:本社ビルや工場のような大きな不動産がある場合、株式の評価額が高くなることが予想されます。そういった状況でも事業譲渡が有効です。不動産は会社に残し、営業用資産と負債のみを後継者へ譲渡するのです。

 

生徒:その場合、不動産はどうなるのでしょうか?

 

先生:不動産は譲渡の対象から外されるため、現経営者の手元に残ります。そうすると、不動産賃貸業を営む法人が残されることになります。

 

生徒:では、信用力のない従業員が個人で非上場株式を買うために、金融機関から融資を受けることは可能でしょうか?

 

先生:それは難しいところです。事業承継の資金が必要になる場合、日本政策金融公庫の国民生活事業の融資に頼るしかないでしょう。最大で7,200万円まで貸してもらえます。加えて、中小企業経営承継円滑化法の金融支援の適用も受けられます。これによって「特例利率」が適用され、有利な条件での借り入れが可能になります。

「株式評価額」引下げ手法(3)…所有と経営の分離

生徒:では、父の株式を譲渡せずに保有しておき、代表取締役の地位だけを従業員の「中村さん」と交代するのはどうでしょうか?

 

先生:それはよくあるケースです。子どもが事業を引き継がなかったため、甥っ子や孫が大人になるまで株式を持ち続けようとするケースですね。その場合、株式承継が先延ばしされることになります。

 

生徒:その場合、その間の経営者は誰になるのでしょうか?

 

先生:その期間だけ、従業員が経営者になります。しかし、株式を持っていないので「雇われのサラリーマン社長」ということになります。親族内で後継者が現れるまでの間、従業員や外部招聘の専門人材が、リリーフとして「中継ぎ」になるわけです。

 

生徒:では「株式の所有者」と「企業の経営者」が分離してしまうことになりますね?

 

先生:その通りです。中小企業では「所有と経営の一致」が原則ですが、このケースでは一時的な「所有と経営の分離」が発生してしまいます。しかし、それには深刻な問題が伴います。株主の立場からすると、経営していない会社の責任を負うことが問題になります。サラリーマン社長の場合、失敗しても失うものがありませんから、ハイリスクな投資に走ろうとするかもしれません。

 

生徒:なるほど…。

 

先生:一方で、サラリーマン社長の立場から見ると、経営努力の成果としてお金を稼いだとしても、それは株主の利益となって、個人の利益に直結しないことが問題になります。結果として、サラリーマン社長には経営努力を行う動機が生まれにくいといえます。

 

生徒:わかりました。従業員承継は難しそうですね…。

 

 

岸田 康雄
国際公認投資アナリスト/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/公認会計士/税理士/中小企業診断士

 

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