“面倒だったし、終わりにしよう”…アパートの売却を決断したAさん
会社員として働くAさん(50代)。約10年前に父親から木造アパート1棟(6室)の土地と建物を相続してからは、仕事の傍らアパート経営を行ってきました。
妻は専業主婦で、長男はすでに就職しており、長女は大学生です。子育てがひと段落したことでプライベートは落ち着いたものの、まだまだ会社員としての仕事が忙しく、アパート経営にそこまで時間を割けていません。
気づけば、物件が木造であることや、築40年を超えているということもあってか、退去者が出たあと次の入居までに時間がかかるようになってきました。
そんなある日、不動産業者から連絡がありました。聞けば、「アパートの隣地の所有者がAさんの土地を取得したい意向がある」といいます。
これを受けて、Aさんは「自分で買ったものではないし、次いつ売るチャンスがあるかわからない。アパート関係の事務も手間がかかって面倒だったから、これで終わりにしよう」と思い、売却を決断しました。
交渉には思ったより時間がかかりましたが、想定より高い価格で物件を売却することができました。年末に売却代金の着金も完了し、Aさんとしては大満足です。
年が明け、「確定申告を終えれば、アパート関係の手続きはすべて完了だ」と、いつものとおり白色申告で給与所得と不動産所得の計算を進めていましたが、書き進めるうちに不動産の「譲渡」についても税金を計算する必要があることに気づきました。
「売却価格から取得費を引いたのが譲渡所得か」と考えて、父親が土地と建物を購入したときの売買契約書を引っ張り出してきて金額を計算してみると、マイナスに。Aさんは「なんだ、儲かってなかったのか」と少しがっかりしましたが、「税金がかからないのだから、申告書に書く必要はなさそうだ」と判断し、そのまま確定申告書を完成させて提出と納税を済ませました。
ある日突然届いた、税務署からの「お尋ね」
GWが明けたある日、会社から帰宅するとAさんあてに税務署から封筒が届いていました。中を開くと、「譲渡所得の申告についてのお尋ね」という文書と回答書が入っています。
Aさんは譲渡所得が赤字と考えていることから、確定申告のときに計算した内容を回答書に書こうと思いましたが、「間違ってはいけない」と思いとどまり、事情を説明するため税務署に1度電話してみることにしました。
翌日、税務署に電話をかけ担当者に事情を話していると、「減価償却の計算はどうされました?」と聞かれました。Aさんにはなんのことかわかりません。
正直に聞いてみたところ、「簡単にいえば、建物の価値は年数が経過すると減少するので、減少した部分を経費に計上する仕組みのことです」と説明されました。Aさんの物件は築古の木造アパートだったため、売却時点で建物の減価償却が完了してしまっていたのです。
Aさんは、説明を聞いているうちに税務署がなにを言いたいのかわかってきました。
「つまり、譲渡所得を計算するときに売却価格から建物の買った金額を引いてはいけなかった、ということですか?」と尋ねると、そのとおりとのこと。そして、「譲渡所得は実のところ黒字で、所得税の申告と納付が必要になる」と言われてしまいました。
Aさんは担当官に申告書の作成方法など今後の手続きについて案内してもらい、追加で税金を納めることに。延滞税がかかりましたが、幸いにもそこまで多額ではなかったようです。
どんなときに「お尋ね」が来るのか?
税務署は、提出された確定申告書の内容などについて確認したい事項があるとき、行政指導の一環として「お尋ね」を送付することがあります。具体的には、確定申告書に記載した金額に明らかな計算ミスがある場合や、所得税確定申告書と消費税確定申告書とのあいだで内容に齟齬がある場合などです。
「お尋ね」の内容はさまざまですが、たいていの場合、確定申告期限から数ヵ月が経過した時期に届くことが多いです。
税務署は、不動産の登記情報を収集が可能なため、不動産の取得・売却についての情報と確定申告内容のすり合わせを行うことができます。そのため、不動産の売却を行った人が確定申告で譲渡所得を申告していなかった場合、「この人は不動産を売却したはずなのに、確定申告書に譲渡所得が含まれていなかった。これは譲渡所得の申告が漏れているのでは?」と考えるわけです。
ただし、不動産を売却した場合でも、売却価額から取得費や譲渡費用を差し引いた額がマイナス(赤字)であれば譲渡所得は発生しません。その場合は、確定申告に譲渡所得の記載がなかったとしても税額に影響はありません。しかし、黒字だった場合には、所得税の税額に影響がありますから、税金の納付漏れがある可能性があります。
税務署からすれば、譲渡所得が赤字か黒字か正確なところはわかりません。よって、納税者に「お尋ね」文書を送って、譲渡所得の有無を確認することとなります。
「お尋ね」は税務調査ではない…素直に回答を
「お尋ね」が来た場合は、正直に回答することをおすすめします。ただし、回答内容については税務署に誤解を与えないように、正確に説明する必要があるでしょう。
「お尋ね」は、行政指導の一環で行われるものであり、税務調査ではありません。そのため、“理屈上”は回答するかどうかは自由です。しかしながら、「お尋ね」に対する回答がなかった場合、税務調査に移行する可能性は十分に考えられます。したがって、繰り返しになりますが「お尋ね」には回答しておくことを強くおすすめします。
「お尋ね」の結果、修正申告を行うことになって追加で税額が発生した場合、延滞税はかかるものの、「過少申告加算税」のようないわゆる“ペナルティー”は支払わず済むことが多いようです。
もし税務調査に移行した場合には、譲渡所得以外の所得内容も詳細に調査されることになりますし、そこで追加の税額が発生した場合には、延滞税だけでなく、「過少申告加算税」等のペナルティーを支払わなければなりません。
税務調査ではなく、「お尋ね」が来たのは“運がよかった”ととらえて、素直に「お尋ね」に回答しましょう。
なお、「お尋ね」の回答すべき内容がわからないという場合には、その文書を発行した管轄税務署、または税理士にご相談されることをおすすめします。
小川堀田会計事務所
税理士・公認会計士
小川 明雄