「二枚舌を使う部下」が生まれた背景
1592年に「文禄の役」が休戦したあと、両国は終戦のための協議に入りました。
秀吉は、「明の皇女を天皇の后として送ること」、「朝鮮の王子、ならびに家老を人質として差し出すこと」など、7つの講和条件を明に飲ませるように部下たちに命令しました。明に対し、「これら7つすべてを受け入れるなら戦争はやめてやる」という高圧的な内容です。
しかし明としては、まだ本土に踏み込まれておらず、豊臣軍を食い止めることができていたわけですから、これを受け入れることは到底できません。
明の交渉役であった宋応昌は、「講和条件を受け入れることはできない。受け入れるどころか、終戦には秀吉の降伏状が必要だ」と抵抗しました。
ところが、日本側の交渉役であった小西行長は、このとき秀吉から託された講和条件を、「関白降表」という秀吉が降伏を申し出ているという内容に変えて、明には秀吉が降伏したかのように、秀吉には明が降伏条件をすべて飲んだかのように偽装工作を行いました。そして、その書状を明に持って行かせたのです。
こうして、双方の主がそれぞれ相手が降伏をしたと思ったまま迎えた1596年、事件が起こります。秀吉側が降伏したと思い込んでいた明の皇帝が、秀吉に対して「日本の王と認めてあげるから、明のために尽くしなさい」という主旨の使者を送ってきたのです。秀吉が激怒したのはいうまでもありません。小西行長に切腹を命じ(前田利家等のとりなしにより後に免除)、すぐさま明への出陣を命じます。
こうして、結果的に両国を滅亡に追いやることになる慶長の役が始まってしまったのです。
両国の滅亡から学ぶ「3つの問題点」
この小西行長の行いはなぜ生まれたのでしょうか?
行長は、秀吉は明が降伏すると言わなければ戦争を終わらせる気がまったくないことを知っていました。
しかし、この戦争をいたずらに長引かせれば、豊臣家自体が疲弊し衰退に向かうことが行長には明確に認識できていました。また、明との交渉の任命を行長とともに受けた石田三成も、現地には行っていない者達も同様の認識でした。
つまり、行長の行動は組織のためによかれと思ってやったことだったのです。しかし、彼らが独断で動いてしまったことで主の怒りを買い、結果としては最悪の方向に進んでいきました。
ここに存在する問題点は、下記の3点です。
2.主が正しい決断をするための情報収集を怠ったこと
3.部下が、自身しか知り得ない情報を主に提供する義務を怠ったこと
秀吉の「明を征服するために朝鮮に出兵せよ」という指示は間違っていました。
明どころか、国内にいる徳川家康を承服させることすら完全にはできておらず、真から豊臣家に服していない勢力もたくさんありました。戦乱の火種は国内のそこかしこでくすぶっていたのです。
また、大国と戦争するとなれば大量の物資が必要になりますが、戦続きの国内は平穏を取り戻しておらず、到底それに耐えうる状態ではありませんでした。つまり、準備がまったく足りていなかったのです。
天下を取ったほどの天才軍略家である秀吉がそれに気づいていなかったというのはあまりに信じられないので、「当時秀吉は錯乱していた・痴呆症を患っていた」というような説が存在しているほどですが、筆者は先に挙げた問題点2点目「主が正しい決断をするための情報収集を怠った」と3点目「部下が、自身しか知り得ない情報を主に提供する義務を怠った」が主な要因ではないかと考えます。
現代の組織にも生かせること
こういったことは現代の組織にも非常に多く見受けられます。このリスクは、「評価の基準が明確ではない場合」にさらに高まります。
評価基準があいまいな組織は、「いかに上司に取り入るか」がカギとされがちです。そのため、上司にとって耳の痛い話はしないようになり、結果としてリーダーに正しい情報が入りにくくなっていきます。
そのようにして、知らず知らずのうちに現場の状況と乖離した情報のみを持つリーダーは、必然的に誤った決定や指示をしてしまいます。また、表面的にのみ恭順の姿勢を示す部下が、裏ではまったく違うことをしているという状況が起きます。これが、組織を衰退に導いてしまうのです。
現代における「プロセス評価」の弊害
二枚舌を使う部下による組織の衰退を防ぐためには、マネジメントに不必要な感情が入り込まないよう、「評価は結果でのみ行う」ということが大切です。「結果は二の次で、プロセスを評価されている」と認識すると、人はそのプロセスのみを必死で磨こうとします。見えているところのみをよくしようとしてしまうのです。
このように、歴史的事件から組織改革に生かせることは多くあります。皆様も、故事から学び、よりよい組織構築に役立てていきましょう。
有手 啓太
株式会社識学
西日本営業部 部長/上席コンサルタント
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