(※写真はイメージです/PIXTA)

父の相続時、遺産分割を巡って対立した母と長男。立腹した母は「全財産を長女に」という遺言書を準備しています。しかし、いざ相続となったとき、長男は遺留分を請求する可能性が考えられ…。できる限り問題を小さく、手間を少なくしたいのですが、方法はあるのでしょうか。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、事例をもとに解説します。

高齢母の相続対策…同居による特例活用は必須?

今回の相談者は、55歳の会社員の伊藤さんです。80代の母親の相続対策について相談したいと、筆者の事務所を訪れました。

 

伊藤さんの父親は7年前に亡くなっており、父親の財産は母親・伊藤さんの弟の2人で相続しました。伊藤さんと弟は実家を出て、それぞれ自宅も保有しているため、実家不動産は1人暮しとなった母親が相続したそうです。

 

「父の相続のときは、母もまだまだ元気でしたが、ここ1年ほどで一気に弱ってしまいました。このまま1人にしておいて、大丈夫なのか…」

 

伊藤さんは、母親の健康を心配するほか、来るべき相続のため、母親と同居して小規模宅地等の特例を受けられるようにしたほうがいいか悩んでいました。

海外在住の弟とギクシャクしているワケ

伊藤さんの弟は外資系企業に勤務しており、いまはヨーロッパ在住です。多忙のため日本にはほとんど戻らず、伊藤さんも母親も、父親の葬儀を最後に会っていません。その後はコロナ禍もあり、ほとんど連絡がない状態です。

 

以前は定期的な交流があったのですが、半ば没交渉となったのには理由がありました。

 

「弟は、父が亡くなる前からずっと海外にいて、父の介護はまったく頼れない状況でした。父は父で、自分亡きあとの母の生活を心配していて、公正証書遺言を準備していたのです」

 

伊藤さんの父親の公正証書遺言には「配偶者に全財産を相続させる」とありました。伊藤さんは納得しましたが、弟は「自分にも権利がある」といい、法定割合の半分である8分の1を、遺留分として請求してきたのです。

 

「弟に遺産を分けたからといって、母の生活が困ることはありませんが、〈母にゆとりある老後を送ってほしい〉という、父の気持ちをないがしろにすることになるじゃありませんか」

 

伊藤さんの母親は、弟の行動について非常に立腹しているといいます。そのこともあり、母親もまた、遺言書を準備しています。

 

「母の財産は、横浜の自宅と父から相続した預金で約1億円ぐらいです。これをすべて、私に相続させるという内容で、公正証書遺言を作っています」

 

「ですが、弟はこのことを知りません。もし母の相続時に弟が知ることになったら、父のとき同様、遺留分を請求してくると思います」

相続対策目的の同居は、あまりにも「しんどすぎる」

筆者と提携先の税理士は、打ち合わせの席で、伊藤さんから受け取った資料を確認しました。すると、実家の敷地は120坪と、建売住宅の3軒分はある広さです。

 

父親の相続時には、配偶者の特例や小規模宅地等の特例を活かし、納税額を減らすことができました。そのことから、伊藤さんも母親と同様、小規模宅地等の特例を活用できたらと考えています。

 

しかし現状においては、伊藤さんは母親と同居しておらず、また、自宅マンションも保有しているため、特例は使えません。そのため、自宅を売却して母親と同居するべきか、悩んでいるといいます。

 

伊藤さんは弟との関係と現状の悩みを話したあと、しばらく沈黙してしまいました。

 

筆者と税理士がゆっくり言葉を待っていると、ポツリと本音が漏れ出てきました。

 

「母は非常に厳しく几帳面な性格で、家庭内はいつも緊張感に満ちていました。弟が海外の大学に進学したのも、私が大学卒業後すぐ結婚したのも、家から出たかったのが理由です。物理的な距離を取ってからは関係は平穏ですが、同居を再開したらどうなるか…」

 

結論からいうと、相続税の節税のために生活環境を変えて窮屈な思いをするのは、本末転倒だといえます。

 

そもそも同居は、小規模宅地等の特例の活用以前に母親の介護が目的です。同居の結果に特例がついてくるという話になるわけですが、介護は専門家に託せる時代です。「同居しない=介護放棄」ではありませんし、性格の合わない大人同士、ストレスをためて同居しても、毎日がつらくなるばかりではないでしょうか。

母親が住み替えることも選択肢

母親はいまのところは要支援2という判定で、なんとか1人暮らしが成立しています。買い物や通院へのサポートが必要ですが、会社員としてフルタイムで働きながら、貴重な土日に往復2時間以上の道のりを通うより、同居したほうが楽ではないかというのが伊藤さんの意見でした。

 

また、伊藤さんは60歳以降もいまの会社で働く予定です。しかし、その間に母親の健康状態が悪化して、通いながらの介護がむずかしくなることも心配しています。

 

「不安を抱え続けるより、お母さまには介護が受けられる高齢者住宅に住み替えてもらうというのも選択肢のひとつだと思いますよ」

 

筆者のアドバイスに、伊藤さんは黙ってうなずきました。

現金保有なら「遺留分の算定」もシンプルに

母親は伊藤さんに自宅を相続させるという遺言書を作成していますが、夫婦2人暮らしの伊藤さんには、郊外の120坪の邸宅は広すぎ、維持が大変です。相続になってから売却することも一つの方法ですが、母親が高齢者住宅に住み替えて、自宅を売却することができれば、介護と資産の維持管理という懸念事項も軽減できます。

 

母親が自宅を売却する場合は、利益の3,000万円まで課税されない特例があります(「居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除の特例」)。これだけでも譲渡税600万円を節税することができます。

 

さらにいうと、売却代金で評価の小さくなる区分マンションを購入して賃貸すれば、時価の30%以下の評価に変わることから、相続税を減らす・遺留分を少なくする効果を狙えます。

 

伊藤さんが懸念している遺留分ですが、この算定で課題になるのは不動産の評価です。

 

自宅にしてもマンションにしても、路線価の「相続評価」ではなく、「時価」が算定基準となることが多いのです。しかし、実際には売却しないということなら、「時価」の算定として不動産鑑定評価をしなければならず、そうなると時間も費用もかかってしまいます。

 

その点、財産が金融資産だけなら残高で計算できるため、至ってシンプルです。

 

母親が自宅を売却して住み替えることで、遺留分の対策になるという旨のアドバイスに、伊藤さんは納得した表情となり、「母親に理解してもらえるよう、しっかり説明します」と言ってお帰りになりました。

 

相続後、遺留分の捻出のために実家を売却するとなると、転居費用、家財などの処分代、解体費、測量費、仲介手数料に加えて譲渡税もかかってきますが、こうした費用は遺留分の算定には入れられません。

 

結果、現金で遺留分を取得したほうが得策で、不動産の所有者は費用負担が大きいといえます。

 

節税対策にはならないのですが、煩わしさを軽減する方法として、不動産を売却しておき、相続発生時には現金等の金融資産だけの状態にしておくという選択肢があること、また、そのほうが遺留分の算定がラクになるということも覚えておくといいでしょう。

 

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

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