進まない課税事業者側のインボイス対応
以上、解説してきた問題点は、主に免税事業者の不利益に着目したものである。しかし、インボイス制度の影響を受けるのは、当然ながら、課税事業者側も同様である。
2023年10月のインボイス制度施行を控え、課税事業者側ではどのような事情を抱えているのか。首都圏のとある中堅の出版社・X社に勤務する東郷さん(仮名・30代・男性)に話を聞いた。
東郷さんには、今回、勤務先の社名や背景を一切明かさないという条件でインタビューに応じてもらっている。
東郷さんはX社で総務・経理・法務一般を担当する部署に所属している。既に法人としてインボイス登録を済ませているが、インボイス制度への対応はこれからだという。
東郷さん:「ただでさえ出版業界は不景気で人手が足りないところへ、インボイス制度への対応もしなければならなくて、正直、てんやわんやの状況です。最初は様子見をしていました。でも、調べてみるとどうもこれは大変なことになりそうだということで、部署の人員を増員するため採用活動を始めました。でも、インボイス制度が施行される10月1日に間に合うかどうか、怖いです。」
インボイス制度が施行されれば、発注先ごとに番号が割り振られる。その事務負担にかかる手間とコストが膨大になりそうだということで、インボイス制度に対応した新たな会計ソフトの導入を考えているとのことである。
東郷さん:「それなりに大きなコストがかかるので、IT導入補助金の利用を考えています。GGOさんの記事を読んで勉強させてもらいました(笑)。でも、余計な業務が増えることには変わりないので、今から戦々恐々としています。」
インボイス対応のための金銭面でのコストは補助金である程度カバーできるとしても、そもそも事務負担がどれほど増大するかが未知数ということのようである。わが国の中小企業は慢性的な人手不足が問題化しており、インボイス対応も無視できない負担となる。
さらに問題なのが、取引先との関係であるという。
出版社の場合、取引先にたくさんの個人事業主・フリーランスを抱えており、その多くは消費税の免税事業者である。そして、上述したように、免税事業者はインボイスを発行できない。出版社は、インボイスを受け取れなければ、消費税の計算上、「仕入税額控除」を行えない。結局、これまでより納税額が増えることになる。中堅出版社のX社も例外ではない。
東郷さん:「当社は、クリエイターの方たちとはフラットな関係を築いてきたつもりです。免税事業者が多いこともお互い織り込み済みで、価格交渉もしてきました。『インボイスを発行してもらえないなら取引を打ち切る』とか、『インボイス制度が始まるから報酬を減額してほしい』とはいえませんし、いいたくもありません。本当に困っています。」
これはあくまで一企業の例にすぎない。しかし、同様の問題を抱えている課税事業者は多いとみられる。
インボイス制度の導入は、事実上の課税強化につながるものである。しかし、その負担を誰が「かぶる」ことになるのか。
現状におけるインボイス制度が、弱いものいじめの構造になっていないか。取引相手に対して誠実であろうとする事業者ほどしわ寄せを受けやすいしくみになってはいないか。取引社会において最も重要な当事者間の信頼関係を傷つける要因となりえないか。国会・政府には、制度自体の見直しも含め、取引社会の現実を直視した柔軟な対応が求められる。
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