「父親の不在」はむしろ児童の健康を促進する⁉…中国で行われた「留守児童」への“驚きの研究結果”【立命館大学教授が解説】

「父親の不在」はむしろ児童の健康を促進する⁉…中国で行われた「留守児童」への“驚きの研究結果”【立命館大学教授が解説】
(※写真はイメージです/PIXTA)

外国の教育制度の現状を知る機会はなかなかありません。そこで本連載では、立命館大学総合心理学部で教授を務める矢藤優子氏が、矢藤氏を含む日中の研究者による共著『現代中国の子育てと教育:発達心理学から見た課題と未来展望』から、中国の教育制度の現状と、抱えている多くの問題について解説します。

その数6103万人。中国における社会問題

1979年に鄧小平が「一部の人が先に裕福になれ」という先富論を提起してから、中国では全国的に改革開放がスタートし、沿海地域の都市部を中心的に開発が進んだ。

 

労働力過剰の農村から都市へ移動する出稼ぎ労働者が増加したが、その労働者は、子どもを戸籍所在地の農村に残すか、都市部に連れて行くかという二者択一を迫られた。

 

前者の戸籍所在地の農村に残される子どもは「留守児童」と呼ばれ、後者の都市部に行き就学する子どもは「流動児童」と称される。

 

少し古いデータであるが、『中国農村留守児童の状況研究報告2013』によると、農村の留守児童の数は6103万人で、全国の児童の21.8%、農村児童の37.7%を占めており、しかも全体的に拡大傾向にあるという。

 

留守児童は長期間にわたって親と離れ、祖父母あるいは親戚のもとで暮らすことなどにより、さまざまな問題点が浮かび上がっており、それは中国の大きな社会的な課題となっている。

 

2015年6月の貴州省節市の留守児童の農薬自死事件、また同年10月には、湖南省邵東県で3名の留守児童が女性教師を殺害する事件が起こり社会の注目が集まっている。

 

留守児童を対象とする研究は中国で多く行われており、心理学だけでなく、社会学、教育学、人口学まで範囲は広い。

留守児童が直面する「4つの課題」

まず留守児童の定義についての研究では、以下の3点をめぐって検討されている(志・李静美,2015)。

 

第一に、父母の出稼ぎの形態、すなわち、両親ともに不在かまたは片方の親のみが不在か、第二に、両親の出稼ぎの期間、すなわち、子どもと会えない期間が半年以上かそれとも1年以上か、第三に、留守児童の年齢、すなわち18歳以下か、15歳以下か、それとも12歳以下かである。

 

一部の研究者は「児童」を12歳以下とし、15―18歳は青少年と言うべきであると指摘するが、これは極めて狭い定義であるため、本稿においては、「留守児童」とは、両親または両親のどちらかは農村から都市に移動するが、子どもを戸籍所在地の農村に残す場合で、両親または片方の親と半年以上共同生活できない18歳以下の子どもを指す。

 

留守児童たちがどのような問題に直面しているのかについて、多くの先行研究では、①身の安全の問題、②心理的問題、③教育上の問題、④祖父母による養育上の問題という4つの課題が指摘されている。

 

2014年5月から現在まで中国で行われている留守児童に関する80本を超える先行研究は、心理学以外に、人口学や統計学や教育学、医学など多岐にわたり、中にはサイコドラマや音楽療法を用いて留守児童を支援する心理臨床の実証研究も見られた。

 

留守児童に関する先行研究からいくつか代表的なものを紹介しよう。

母親の出稼ぎはネガティブな影響がある、が

李鐘・蘇群(2014)は2004年、2006年、2009年の中国健康・栄養調査(CHNS,China Health and Nutrition Survey)の横断データをもとに、親の出稼ぎと留守児童の健康について調査を行った。

 

結果として、母親の不在は就学前の留守児童の健康にネガティブな影響があるが、父親の不在はむしろ留守児童の健康を促進する効果があることが明らかになった。

 

したがって、農村部児童の健康を改善するためには、地方産業における女性の雇用機会を増やすことで農村部の女性労働者を地元で就労可能にし、公的資源を整合して育児の代替コストを削減することが必要であると提案された。

次ページ母親の出稼ぎが与えるさらなる影響
現代中国の子育てと教育:発達心理学から見た課題と未来展望

現代中国の子育てと教育:発達心理学から見た課題と未来展望

矢藤 優子

ナカニシヤ出版

幼児教育の環境、都市部の家庭養育、農村部の留守児童・流動児童、障がい児養育……。 現代中国の子育て・教育の現状と課題を、発達心理学に基づく調査により多角的・実証的に捉えた、日中の研究者らによる最新の研究成果。

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