(写真はイメージです/PIXTA)

コロナ禍からの回復が顕著になるなか、インバウンド需要の復活も期待されています。コロナ禍前のように日本経済を牽引するものになるのか。ニッセイ基礎研究所の上野剛志氏のレポートです。

円の実質実効為替レートと対ドルレート

コロナ禍で途絶えていた訪日外国人旅行客(以下、「訪日客」)の姿を街中で見かける機会が増えてきた。実際、今年1月の訪日客数はコロナ禍前(2019年1月)の56%まで回復している。その直接のきっかけになったのは政府による水際対策の緩和だが、海外居住者にとって日本旅行がかなり割安になっていることも追い風になっている。

 

円の実質実効レート*1(以下、REER)を確認すると、直近12月の水準はコロナ禍前の19年12月からわずか3年で2割強も下落、アベノミクス始動前の12年11月との比較では4割弱も下落しており、1970年台初頭の水準に戻っている。このことは日本の物価上昇率が海外主要国より低いことや円安の進行によって、「日本国内のモノ・サービス価格の海外主要国のモノ・サービス価格に対する比率(割安・割高度)」が低下してことを示している。従って、海外居住者である訪日客の眼には、「自国と比べて日本の物価水準は相当割安になった」、「日本旅行(訪日時の消費を含む)のコストパフォーマンス(コスパ)が大きく上がった」と映っているはずだ(図表1)

 

円相場は昨年秋を境に円高に振れており、REERも多少持ち直しているものの、今後も日本の物価上昇率が海外主要国を超えることは想定し難いため、円のREERが急速に持ち直す可能性は低い。従って、訪日旅行が割安化した状況は続き、訪日客を誘致しやすい環境が続くだろう。

 

ただし、訪日旅行割安化の理由であるREER下落の背景には、日本の経済成長率や賃金上昇率の低さを反映した内生的な物価上昇圧力の弱さ、さらには、持続的な物価上昇が定着しないために長期化している日銀による金融緩和などの存在があり、日本経済の相対的な地盤沈下を映している面も否めない点には留意が必要だ。

 

【図表1】
【図表1】

主な業種別の年間賃金(2021年)

賃金に関して言えば、とりわけ観光関連産業における賃金水準は低位に留まっている。2021年の一人当たり平均賃金を見ると、観光との関わりが深い宿泊業や娯楽業、運輸業の平均賃金は全産業平均を下回り、特に宿泊業や娯楽業では7~8割の水準に留まっている。21年はコロナ禍の悪影響を受けていた面もあるとはいえ、これらの業種の賃金が相対的に低いという状況は長らく変わっていない(図表2)

 

【図表2】
【図表2】

 

そこで求められるのが、観光関連産業の高付加価値化だ。もともと日本には良質で豊富な観光資源があり、観光の国際競争力にも定評がある*2。そうした高い魅力を活かしつつ、新しい良質なサービス・コンテンツの開発や設備・ノウハウの充実、IT化などを通じて観光産業の付加価値をさらに高めていくことで、訪日客に国内でより多くの消費をしてもらうことが可能になる。高付加価値化が進んで観光関連産業がより稼げるようになれば、そこで働く従業員の賃金も底上げされ、日本経済の活性化にも繋がるだろう。

 

特にREERの下落によって訪日旅行のコスパが大きく上昇し、訪日旅行への注目が集まりやすい今、日本観光の魅力を訴求し、訪日消費を促す取り組みを加速する意義は大きい。政府には「全国旅行支援」といった一時的な需要喚起策に終始するのではなく、観光業の構造的な高付加価値化に寄与する施策を一層推進していくことが求められる。

 

観光産業の高付加価値化は日本に住む一般の消費者にもメリットがある。高付加価値化が日本経済の活性化に繋がることに加え、観光地の魅力が高まったり、良質なサービス・コンテンツの選択肢が増えたり、利便性が高まったりすることを通じて、余暇の醍醐味である国内旅行のさらなる充実化や満足度の向上が期待される。

 

*1:実質実効レートの詳細な説明については、拙稿「まるわかり“実質実効為替レート” ~ “50年ぶりの円安”という根深い問題」(ニッセイ基礎研レポート2022-03-30)をご参照下さい。

*2:世界経済フォーラム(WEF)が2022年3月に公表した「2021年旅行・観光開発指数」では、日本が世界1位を獲得している。

 

 

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※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2023年3月7日に公開したレポートを転載したものです。

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