今回は、国家が国民の財産を没収する上で、歴史的にこれまで用いられてきた手段について見ていきます。※本連載では、元通産省官僚で現在は国際弁護士として活躍する石角完爾氏の著書、『預金封鎖』(きこ書房)の中から一部を抜粋し、著者が想定した「最悪のシナリオ」を通じ、日本の危機的状況を考察します。

国民の財産を奪ってきたのは「外国」だけではない

ある国の国民が命と財産を奪われる事態は、2つの事態に歴史上分類されている。

 

一つは、外国に戦争を起こされて外国が攻め入ってくるということである。この場合には、外国によって直接命と財産を奪われる。

 

ところが、じつは国民が命と財産を奪われているのは、自国の政府による場合が非常に多いことに歴史家は気づいている。

 

ある国の政府が自国民の命と財産を奪う方法は、いくつも歴史上用意されている。

 

第1の方法は、その国の政府が他国に戦争をしかけて、その戦争に自国民を徴収する兵役である。そして戦場で自国民が戦死する。

 

第2の方法は、憲法によって私有財産が保障されている国で、一番狡猾なやり方である課税である。

 

エジプト王朝はエジプト民に、そしてエジプトに住むユダヤ人の奴隷たちに厳しい税金を課した。

 

ローマ帝国は、侵略した領域の国民に厳しい税金を課した。税金は、まさに国家の強制力により国民の財産を奪う、最も一般的な方法である。税率が高い国は、国民を奴隷として扱う支配者の国である。

政変や革命があれば「紙くず」になってしまう国債

国家が国民の財産を奪う第3の方法は、国債発行という方法である。

 

国家が国債を発行し、その国の国民が国債を買う。国債を買った国民は、単なる国債証文という紙きれを手にするだけ。将来、何らかの事情で国が国債の償還に応じなければ、財産を奪われるも同然となる。この場合、国債の期限が長いものがリスクが高い。ローマ教皇の出した4万2000年債や、近代国家でも30年債(アメリカ)、50年債(フランス、カナダ)、100年債(メキシコ)、永久債などはリスクが高い。

 

政変や革命があれば、前の政府の出した国債は全面否定され、トイレットペーパーにもならない。

 

戦争債(多くの場合、愛国債とか自由債とかの美名が冠され決して戦争債とは呼ばれない。しかし日本がパールハーバーを急襲した後は、文字通り「戦争債」という連邦政府債がアメリカで爆買状態となった)は、国が戦費を調達するために国民や自国の金融機関に半強制的に買わせる国債である。

 

ナチスドイツは、ドイツ国民に戦争債を押しつけなかった。非常にずるいやり方をした。

 

ナチスは、銀行に戦争債を押しつけたのだ。銀行は預金者の預金を使ってナチスの戦争債を買ったから、結局はドイツ国民の預金をナチスが吸い取ってしまったことになる。そして、ナチスはチェコを侵略すると、チェコの銀行にドイツ戦争債を買わせてチェコ国民の預金の70%をかすめ取った。ナチスが敗れ消滅したため、当然戦争債も紙くずとなり、ドイツ国民も、チェコ国民もほとんど預金残高をなくしてしまった。

通貨の「水増し」を通じて奪われる国民の財産

国がその国の国民の財産を奪う第4の方法は、価値のない紙幣の増刷である。国家が保有する「金」の裏打ちのない紙幣の増刷、国家の収入である税収に見合わない紙幣の増刷。紙幣も、国債も、全く性質は同じであり国の借金証文であるため、国が裏打ちのない紙幣を増刷することは、国民から財産を奪うことと同じとなる。

 

あたかも、ローマ帝国が金メッキをした金貨を発行し、それをこれだけの価値があるといって国民に押し付けたのと同じことが現代社会でも起こっている。

 

国家が国民の財産を奪う第5の方法は、インフレを起こすことである。大量の紙幣をバサッと増刷しインフレを起こす。国民が持っている通貨の価値がどんどんと下がり、物の値段がどんどんと上がっていく。しかし、インフレによって見せかけの収入増を得た企業に、国家は容赦なく課税することができる。

 

インフレによって通貨安となったことにより、貿易による企業の収益は見かけ上、増大する。国家は、それに法人税を容赦なく課税できる。

国家による預金口座や証券口座の没収

そして国家が国民の財産を奪う第6の方法が、国民の預貯金及び証券投資口座を没収するという方法である。

 

これにはいろいろな没収方法がある。一つは、銀行そのものの国有化。

 

もう一つは、銀行そのものの閉鎖。もう一つは、口座残高を強制的に国債と交換するというやり方。もう一つは、現通貨を廃止し新通貨を発行し、現通貨の口座を価値のないものにしてしまうやり方。口座没収と同じである。もう一つは、口座の通貨をいきなり別の通貨に強制交換するやり方。さらにもう一つは、口座残高を食券や商品券に強制転換するやり方もある。あるいは、引出額を制限し、月1万円を限度とするというやり方もある。

 

これをやられると、1000万円の預金を持つ人は全額引き出すのに83年もかかってしまう。その間国家は、国民の預金を食べ尽くしてしまうのである。

 

アメリカが世界の他の国に比べて重要なのは、アメリカが世界最大の消費国家であり、過剰生産される品々を全て引き受けているからである。アメリカ人は、ドルが世界通貨であるから、中国、日本そして途上国が貯めているお金まで、自分のもののように使えるのだ。

 

そのためにアメリカの金融緩和は世界の景気を上向かせ、資産価格を上昇させてしまう。

 

この金融緩和はしかし、無理のある政策だ。

 

バイキングの王カヌートが、波に向かって命令しようとした話は有名だが、それは尊大さからきた行動ではなかった。自然の波にいくら命令しようとしても無駄であること、すなわち自分がただの王であって、神などではないことを、彼が支配する国々に示すための行いだったのだ。

 

ところが現代の中央銀行の主たちは、その高学歴と高経歴に似合わず非常に短気で、向こう見ずの虚言癖か下半身のコントロール不能症候群に冒されているせいか、経済の上げ潮と下げ潮という自然なサイクルに我慢できず、なんとかしてそれを変えようとする。アメリカや日本のこの金融緩和は、経済が自然な下降局面に向かうことを人為的な方法で止めようとする、危険なギャンブルだ。緩和のマネーは、必ず儲けを求めて株式市場にのみ流れ込む。決して貧乏人の手もとには流れてこない。

本連載は、2015年10月21日刊行の書籍『預金封鎖』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

預金封鎖

預金封鎖

石角 完爾

きこ書房

政府負債額(GDP比)ギリシャ172%、日本246%――日本人が知っておくべき最悪のシナリオ! 各国の預金封鎖の歴史から、私たちは何を学ぶべきか? 本書の狙いの一つは、現在の経済システムの被害者を1人でも救うためにノアの箱舟…

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